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平成29年度連携講座 : 平成29年度 第10回 連携講座
投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-09-21 10:32:39 (39 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第10

 

日 時  20171211日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

講 師  市堀 海 様

      プルデンシャル生命保険株式会社

(人文学部37回 平成17年 経済学科卒)

演 題  「現代社会の変容とキャリア形成」

       ~スカウトマンから見るスカウトしたい人財とは~

 

 

初めまして市堀海(いちほり・かい)と申します。プルデンシャル生命の営業所長の仕事をしています。ちなみにどこかでプルデンシャル生命って聞いたことある人いますか。全くいませんね(笑)。今日のテーマは「現代社会の変容とキャリア形成」ということで、私はスカウトの仕事をしていますので、副題は「~スカウトマンから見るスカウトしたい人とは~」としました。

 ここにいらっしゃるのは1年生、2年生と聞いていますので、就職のことはまだ意識していない人が多いと思います。私は中途採用をスカウトする仕事しています。そういう立場から見て、もし学生さんを採用するならこういう考え方をしている学生さんがすてきだなぁということでお話しします。

自己紹介
 簡単な自己紹介からします。1981年生まれの36歳です。石川県生まれで愛知県春日井市出身、今も春日井市に住んでいます。静大は静岡県内出身の方が多いですね。ちなみに関東出身の方いらっしゃいますか、中部出身の方、関西出身の方、九州、北海道出身の方、(反応を見て)あーなるほど分かりました。静岡大学は総合大学ですからいろんなことを学べる、僕もそういう観点から静大を志望しました。いろんな考え方や出身の方が多い、ここが静岡大学の良いところですね。

 家族構成ですけど、妻、長男でもうすぐ6歳、長女3歳の4人で暮らしています。静岡大学人文学部経済学科を卒業しまして、今の就職先のプルデンシャル生命は2社目です、最初に就職したのは日本生活協同組合連合会というところです。大学内にもあり、全国に生協という組織がありますが、そちらに商品を卸す物流、営業です。

 縁があってプルデンシャル生命に2011年に転職しまして最初は営業職をしていました。6年半ほど営業をしていまして、今年の10月に営業所長になって職種を変えました。202110月からは支社長になりたい、2031年、大体50歳ぐらいから退職までライフプランナーに戻りたいとまあこういうふうに考えております。


本日の概要

本日は、学生時代から前職、転職から現在まで、そして私が転職を経て気づいたこと、こういった私の経験からみなさんにお伝えしたいことをお話ししたいと思います。

 

学生生活

 私は学生生活で勉強、結構頑張っていた方です。単位落としてしまう人がいる浅利先生が講義していたミクロ経済学とかも落とさないように必死に勉強していました。世界経済論が必修科目なのに、2年生で世界経営論を受講していて、これ必修科目じゃないのですね。勘違いしてとっていて最後、4年生で単位を確認したところ必修科目ではないよって言われて4年生の時ダブっています。えー、ここで笑っていただいて(笑い)。勉強頑張ったのに抜けているところがあって4年生2回やっています。

 

もうなくなってしまいましたけど、池田の個人経営のレストランでアルバイトをしていました。大学が終わったら毎日、夏休み中も含めめちゃくちゃ働いていました。稼いだお金でバイクを買って、旅行したり山登ったりしていました。サークルは就職活動支援サークルに入っていました。僕ら1学年前の先輩がこんなサークルを作ってくれました(画面を示して)。就職活動を始めると分かるのですが、静岡大学の学生は関東、関西の学生に比べて結構マイペースですね。スタートが遅れたり、ノウハウが分からなかったりするので、就職が終わったOBOGをお呼びしてどんな就職活動をされていたのか、支援してもらうようにしました。ただ、私は4年生でダブったので支援する方から支援される方になったりして、公私ともにお世話になって今の私があります。

 

入社(前職

 私は大学を卒業して日本生活協同組合連合会に就職しました。就職活動をどのようにしたのかというと、2回目の就職活動だったのです。1回目は教育系の教育教材を作る出版会社に就職が決まっていたのですが、大学を卒業できなかったため、就職できませんでした。2回目はレストランでバイトをしていましたから、漠然と食品業界中心に就職活動をしていました。食べることも好きでしたし、料理をすることも好きでしたし、食品に触れることができたらなあと思い活動していました。飲食店のバイトがきっかけですね。

 

 当時の理念、私が働くとき何を大切にしたいかを結構考えていました。私が働いていたレストランは結構有名で、というより知る人ぞ知るというお店で、よく清水エスパルスの選手がお店に来られていました。俳優の柳葉敏郎さんって知っていますか、知らないかな。ある日バイトに行ったら柳葉さんがいすに座っているのですね、よく聞いたら奥様が静岡の方で、その奥様がレストランをすごく気に入ってくださったのですね。料理がおいしかったので、みなさん喜んでくださった。だから「働くことで笑顔が作れる仕事」をしていきたいと思いました。これが理念ですね、大事にしていました

 

 飲食店のフリーペーパーを作る関東の広告会社「ぱど」なども回りながら最終的に日本生協連に入りました。2回目の就職活動をしているときは「就職氷河期」と呼ばれる時代で本当に内定をとるのが難しい時代でした。今はどうなのですかね。結構いいみたいですね。僕らの時代は本当に厳しくて、エントリーシートを100通、200通出して1社か2社返事がくる時代でした。自分の理念を実現できるならどこでもいい、とにかく内定がほしい。あと条件としては、年収、休み、とにかく働く条件を結構気にしていました。つぶれる心配のない安定した会社、こんなことを考えて就職しました。私のころは就職氷河期、イメージでいうと「寒い」「寒い」と言いながらみんなで暖め合って就職活動をしていました(画面に学生が震える映像)

 

 入社から3年間、物流管理の仕事をして物の流れを覚えて、営業に異動になりました。愛知県出身なので東海エリアでの業務になりました。このとき私に人生の転機が来ます。最初は関東で働いていたのですが、地元に戻って元カノと寄りを戻し、28歳で結婚、29歳でマンションを購入しました。

 

入社から現在まで

 最初の仕事だった前職は全国への転勤がある会社だったのですね。34年ごとに転勤をします。北海道から九州まで転勤するので、家族を振り回すのはどうかなあと思いました。それで転職活動することになりました。業界はもう食品業界にこだわることはなかった。理念は「働くことで笑顔が作れる仕事」で変わっていませんでした。中小企業など回っていろんな面接を受けました。そこで考えたのは、働く場所をコントロールしたい、収入も年功序列のところが多いですが、自分で稼げるようコントロールしたい、時間も会社に寄らない直行直帰など自分でコントロールしたい。そういうことを考えたら会社に就職するよりも、経営者側に回るのが一番早いと思いました。
  小さな会社10人から20人ぐらいでもいい、そこで仕事をしながら経営者側に回るのも良いと考えながら仕事していました。社会人になって67年目、働き方を真剣に考える時期が来ました。働き方を真剣に考えて、どのような働き方をして自分の人生を進めていくか人生についても初めて考えました。いろんな会社の面接を受けながら転職を考えているときに、偶然なのですけれどもプルデンシャル生命の私を採用したスカウトマンから、一本の電話が入ったのです。「市堀さん優秀な方だとお聞きしたので、スカウトしたいのですけど会いませんか??」。ちょうど働き方や人生を考えていたところでしたので、「いいですよ」と返事して会いました。それからいろんなことを考えた結果、じゃあ転職しようかという結論に至りました。

転職の理由
 転職した理由は、今まで就職ではなく就社していたと気づいたのですね。それまでは条件で会社を選んでいた。安定しているとかつぶれないとか、仕事、つまり働き方ではなく条件で会社を選んでいました。就職ではなく就社していた。目の前に会社があるのでお世話になった。29歳の時初めて気づきました。会社に人生を合せるのではなく、人生設計(ライフプラン)に合う仕事がしたい。難しいことじゃないのだけども、ここに気づくのに私の場合、だいぶ時間が経ってしまいました。自分の人生に合う仕事をしたいなと思いました。結婚してこれから子供が生まれてくるなら、こういうふうに暮らしていきたいなと考えました。会社の都合で自分の人生が振り回されるのはちょっと違うのかなと考えました。

現職の仕事
 転職をしましてライフプランナーという仕事を6年半しました。個人、法人の保険の営業、例えば必要保障額の算出やライフプランの設計などです。金融に関わる資格を生かしながらマネーセミナーや営業スキルアップセミナーの講師などもしていました。地元の春日井市や名古屋市で経営者向けの業種交流会を主催させていただいたりもしました。結構楽しく自分のやりたいように仕事をさせていただきました。

 6年半営業をしまして、営業は楽しいなあと思っていたのですが、10月に営業所長スカウトマンという職種に変更しました。仕事は主に優秀な人のヘッドハンティングです。うちは新卒を採用しないのです。入社して10年ぐらいの優秀な人をヘッドハンティングしています。また入社した営業マンの管理、育成の仕事もしています。

 1日の仕事のスケジュールはこんな感じですね。(画面を示して)8時に出社、815分にマネージャーミーティング、10時からスカウトする候補者面談。12時からランチ。14時からお客様訪問と、保険営業で知り合った人からの情報入手、16時からスカウトにTEL、一般的には仕事が終わる18時からまた候補者面談、20時に帰宅。このような流れで仕事をしています。

職種変更の理由
 ではなぜ職種を変更したのか、お話しします。営業を楽しくやっていましたのに、営業所長という管理職に職種を変更しました。実は私の営業所の経営理念は、これですね。「日本の雇用(働き方)に変革をもたらす」。これは、「自分のライフプランに合う仕事を選び、仕事を通じて、自分の本当の夢、(自分の)マイゴールを実現させることができる、そのために学生は勉学に励み、社会人は目標を達成する」ということです、私がスカウトマンとして活動していく中で、こういった思いを実現させるために事務所を経営しています。

 私の就職のイメージ
 なんでこんなふうに考えたのか、まず私自身の就職のイメージからお話ししていきたいと思います。私は学生時代バイトばかりしていたので何がしたいのか分からなかった。今している勉強、今の学生生活が将来何の役に立つのか。私は勉強も結構していた方ですが、ミクロ、マクロ経済が将来何の役に立つのかよく分かりませんでした。今の勉強は将来の仕事にどう結びつくのか分からなかった。本当に真っ暗闇、本当にどうなるのか分かりませんでした。果たして将来、この先に何があるのか。みなさんはまだ就職活動してないのでピンとこないと思いますけど、就職後3040代、どんな自分を想像して今を生きていますか?

 ワーク
 みなさん、「今の夢は何ですか」って質問したらなんて答えますか。社会人10年くらい経験した人に必ず聞いている質問です。今学生さんに質問したらなんて答えるのか興味があります。考えてちょっとノートの端にでも書いてみてください発表してくだいと言いませんから書いてみてください。

(作業中)

 

みなさんいろんな夢があって。どうもありがとうございます。ではもう一つ聞きます。小学校の時の夢は何ですか。幼稚園のときでもいい、子供の頃の夢って何か覚えていますか。これもノートの横の方にちょっと書いてみてください。社会人10年ぐらい経験なる人にも同じように聞いています。30歳ぐらいの人に聞くと、いやぁサッカー選手になりたかったなぁ、宇宙飛行士になりたかったなぁなどと卒業文集に書いたと言っています。みなさんだったら一体何でしょうか。小学生の頃の夢。(壇上から降りて)みなさんの方を見て回っていいですか。

(作業中)


 みなさん今の夢、小学校の頃の夢書いていただきましたかね。今の夢と小学校の頃の夢を書いてもらいましたが、今の夢の方がワクワクするっていう人どのくらいますか。はい、では小学校の夢の方がワクワクするという人。(反応を見て


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