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平成29年度連携講座 : 平成29年度 第12回 連携講座
投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-09-28 14:08:36 (48 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第12

 

日  時  平成3019日(火) 1425分~1555

会  場  静岡大学 共通教育B棟 B501

参加学生  人文社会科学部  選択者80

講  師  山口 憲明 様

      総務省 自治行政局 行政課 監査制度専門官

      静岡大学 人文学部 第24回 法学科卒   1992年(平成4年3月)

                  大学院 法学研究科 修士課程 修了  1994年(平成6年3月)

演  題  現代社会の変容とキャリア形成

       - 地方分権の進展から人口減少社会への変化と私の仕事 -

  

皆さん、こんにちは。ただ今、ご紹介いただきました、総務省 自治行政局 行政課におきまして、監査制度専門官をしています「山口 憲明」と申します。どうぞ、よろしくお願いします。今から30年前に静岡大学に入学し、第24回の人文学部法学科卒業生ということになります。

本日の演題は、「現代社会の変容とキャリア形成 - 地方分権の進展から人口減少社会への変化と私の仕事 -」です。このような講演の機会を設けていただき、同窓会や大学関係者の皆様にお礼を申し上げます。

 

さて、本日の連携講座では、皆さんに配布したレジュメに従って、次の5点について、お話したいと思います。

 ① 自己紹介

 ② 地方自治制度への興味

 ③ 恵まれた環境下での学生生活

 ④ あるときは国家公務員、あるときは地方公務員

 ⑤ 皆さんに期待すること

 

では、最初に、自己紹介をします。

1 自己紹介

 

(1)出身は静岡県に隣接する神奈川県足柄下郡湯河原町で、地元の神奈川県立小田原高等学校を卒業し、静岡大学に入学しました。センター試験ではなく、共通一次試験を受けて入学していた世代です。

(2)1988年(昭和63年)4月 静岡大学 人文学部 法学科 入学

      1992年(平成 4年)3月       々       卒業

当時は、一般教養科目と専門教育科目とに分かれていましたが、この共通教育B棟で憲法・刑法・民法を学んだことを思い出しました。第3年次からは、小澤隆一先生の憲法ゼミに所属し、国民主権論や地方自治制度、選挙制度などについて学びました。

(3)1992年(平成 4年)4月 静岡大学 大学院法学研究科修士課程 入学

      1994年(平成 6年)3月          々        修了

この大学院では、行政法を専攻し、まちづくり条例についての修士論文をまとめました。

(4)1992年(平成 6年)4月 自治省に入省

国家公務員Ⅱ種試験(現 一般職試験)に合格し、当時の自治省に入省しました。その後、現在まで、どんな仕事をしてきたかについては、後ほど、お話します。

(5)2016年(平成28年)4月~総務省 自治行政局 行政課 監査制度専門官

監査制度専門官とは聞きなれないと思いますが、都道府県や市町村の監査制度の企画・立案を担当する職で、課長補佐級の地位にあります。なお、総務省とは、皆さんご案内のとおり、2001年(平成13年)に中央省庁改革により、旧総務庁・自治省・郵政省が統合され、誕生した中央省庁の一つです。

 

次に、私がどうして地方自治制度に興味を持ったかについて、お話します。

 

2 地方自治制度への興味

 

(1)皆さんは、毎週土曜日の夜に放送されるNHK総合テレビ「ブラタモリ」の番組を観たことがありますか。この番組では、その町の地理や歴史など紹介し、町の秘密を解く、大変、面白い番組です。私は、元来の鉄道好きもあいまって、各地域の地理や歴史に興味を持っている人間、すなわち、ブラタモリ系統の人間です。

(2)私の出身地・湯河原町は、静岡県・神奈川県の県境に位置し、どちらの県に帰属するかという「熱海市泉地区問題(現在は友好関係にあります。)」が昔からあり、子どもの頃から、都道府県や市町村に関心がありました。

(3)また、湯河原町では土地区画整理事業が盛んに行われ、私の実家が区画整理事業の対象となり、父親が町役場の職員と話し合う場面をみては、まちづくりって、面白そうと、まちづくりにも興味を抱くようになっていました。

(4)さらに、1986年(昭和61年)~1991年(平成3年)のバブル期には、自然の素晴らしい地元の湯河原や熱海、箱根などに、リゾートマンションが、地元住民の反対にもかかわらず、次から次へと建設され、その地域ならではの風情もなくなり、自然破壊も進む現実がありました。何かおかしいことが起きている。なぜ、このようなことが起きてしまうのか、地方自治制度に問題があるのではないかという思いを持ちました。

(5)上記のようなことを通して、良いまちを作るにはどうしたらいいのか、地域のことを地域で決めるにはどうしたらいいのか。そして、そんな地方自治制度にするにはどうしたらいいのか。そのような興味を持つようになったわけです。

 

このように私は、地方自治制度への興味を抱きながら、静岡大学人文学部法学科に入学しました。入学後の学生時代にはどのようなことを考え、どのような学生生活を送ったかについて、次に、お話したいと思います。

 

3 恵まれた環境の下での学生生活

 

(1)少人数で先生と学生が近いことや勉強熱心な先輩に触発され、新法会や模擬裁判へ参加。

・静岡大学では1つのゼミは数名から多くても30名程度の少人数で構成されているのではないでしょうか。都内の私立大学では、1つのゼミに100名を超える場合があるという話を聞くにつけ、静岡大学は落ち着いて勉強できる、素晴らしく恵まれた教育環境にあると言えます。私の所属した「憲法ゼミ」では、10名に満たない程度の少人数のゼミで、議論を深め、多くのことを学ぶことができました。

・また、勉強熱心な、先輩にも恵まれ、先輩との勉強会も行いました。先輩との情報交換や議論で、大いに学習意欲を触発されました。先輩から「・・・という憲法学者は、こんなことを言っている。」「・・・・の本を読んだか?自分の考えとは違うが・・・。」といった会話をよくしました。さらに、「・・・先生の試験の前には、・・・・という有名な先生の本を読んでおくといいよ。」とか、いろいろな情報を頂いて、大変参考になりました。

    ・公務員志望者の多い「新法会」に所属し、主体的に勉強することができました。

・静岡大学法学科の伝統あるイベントである「模擬裁判」にも参加しました。これは法律構成からはじまり、シナリオづくり、役づくりなど学生が自主的に行うものです。当時は「二人の被害者」というタイトルで「駅のホーム上に他人同士の男性と女性がいて、その女性がその男性から嫌がらせを受け、これから逃れようとその女性がその男性を突いたことから、その男性はホームから線路に落ち電車にひかれ死亡するという事件」を取り扱いました。この事件では、女性蔑視の社会風潮への批判を含めながら、誰が悪いのか、この女性の行為は正当防衛といえるのかといったことを裁判する内容でした。現在の私の仕事では、原告になることはありませんが、行政事件訴訟や国家賠償請求訴訟で被告になることがあります。このようなとき、大学時代に経験した模擬裁判が、今でも参考になっています。

・当時と時代状況はだいぶ変わりましたが、恵まれた教育環境は変わっていないはずです。しかも、静岡市が政令指定都市になって当時よりも確実に静岡大学のブランド力がアップしています。こうした利点を活用しないことはもったいないと思います。皆さんは、もっと、自信と勇気を持って、外に向かって行くべきだと思います。

(2)国と地方の関係を上下主従の関係に置く、機関委任事務制度の問題点に気づく。

講義を受けたりしていく中で、我が国の地方自治制度の問題点として、機関委任事務制度があることが分かりました。この機関委任事務制度とは、住民の選挙で選ばれた地方公共団体の首長(都道府県知事、市町村長)を 国の機関、つまり、各省庁の大臣の部下として仕事をさせるという制度です。これでは地域の実情や住民の意思を反映させたまちづくりはできないと考えました。

(3)学部3・4年次には、「憲法ゼミ」に所属。

機関委任事務制度の問題点に気づき行政法を勉強したいと、三橋良士明先生の「行政法ゼミ」に所属しようと思っていましたが、三橋先生がイギリスに留学することになって開講されませんでした。このため、憲法の統治機構や財政法がご専門の小澤隆一先生の「憲法ゼミ」に所属し、国民主権論や選挙制度を学び、地方自治制度を考える基盤づくりをしました。また、憲法のうちの人権や教育法がご専門でご退官後に東京都国分寺市長を務められた山崎眞秀先生にも大変お世話になりました。

(4)静岡大学大学院法学研究科への進学

この頃から研究者を目指すべきか、公務員を目指すべきなのか悩みはじめました。結論は保留にしたまま、地域のことは地域で決めるにはどうしたらよいか、地方自治制度を勉強したいと考え、当時開設2年目の大学院法学研究科に進学し、三橋先生のご指導の下、修士論文のテーマを「真鶴町まちづくりの条例の検討」に決めました。真鶴町は、私の出身地である湯河原町に隣接する人口1万人にも満たない小さな町です。リゾートマンションが乱立し、豊かな自然はもとより地域のコミュニティまでも破壊されていく状況の中で、これに対応するために、平成5年に当時としてはかなり画期的な内容を持つ「真鶴町まちづくり条例」が制定されました。この条例を題材にして、法令に抵触しない範囲で、地域住民の意見が活かされるまちづくりはどのようにしたらよいかという視点で研究をしました。

(5)研究者は難しいということを自覚し、公務員の道を真剣に模索。

修士論文をまとめる中で、研究者になるのであれば、大胆な、新しい、研究者らしい発想があるべきとの思いに至り、これらが自分には不足しており、研究者を目指すことは難しいと自覚するようになり、公務員の道を真剣に模索するようになりました。

(6)地方自治制度を所管する自治省への興味

地方自治制度に関係する公務員としては都道府県職員や市町村職員があるわけですが、当時、地方分権の旗振り役で、内務省以来の伝統を持ち、我が国の地方自治制度を所管する自治省への興味が募りました。国家公務員Ⅱ種試験(現 一般職試験)を受験し、合格した後、自治省を訪問し、たまたま現在所属している行政課で、業務内容の説明を受け、また、自治省に入省すると地方公共団体でも働くことができるという魅力も感じ、就職先を自治省に決めました。このとき、業務説明をしてくださった担当官が、現在の直属の上司でもあります。

 

次に、自治省に入省後、現在まで、いろいろな仕事をしてきました。主にどのような仕事をしてきたのか、お話したいと思います。

 

 


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