平成29年度 第3回 連携講座

投稿日時 2018-04-20 11:14:27 | カテゴリ: 平成29年度連携講座

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第3回

 

日 時  20171023日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

講 師  名倉 宏美 様

  中央公論新社 事業戦略局宣伝部

(人文学部29回 平成9年 言語文化学科卒)

演 題  「ないものは作る、あるものは変える」

 

 

 こんにちは。中央公論新社という出版社で働いております名倉宏美と申します。どうぞよろしくお願いします。去年までは入社以来十数年ずっと編集部に所属し、文芸の編集を担当していました。今日の講義の演題は「ないものは作る、あるものを変える」です。抽象的な演題ですが、振り返ると私の人生のテーマはこのひと言に尽きます。皆様にも充実感あふれる大学生活を送ってもらいたいという気持ちを込めてこの演題にしました。

 

 

プロフィール-大学3年の頃は就職氷河期~静大から獣医学部に編入

 まずプロフィールです。私は1974年浜松市生まれ。皆さんのお父さん、お母さんに近い年齢かもしれません。1993年に静岡大学人文学部言語文化学科に入学しました。私の経歴は変わっていまして静大卒業後、学士編入で麻布大学獣医学部に2次時編入しています。静岡大学時代は日本アジア言語文化コースで小二田誠二先生のゼミに入り、江戸時代の占い本の研究などをしていました。人文祭や自治会活動にも参加していました。

 

 皆さんはこれから2年、3年後、就職活動をすると思います。1995年、私が大学3年の頃は就職氷河期。いわゆるロストジェネレーション世代とされ、バブル崩壊後の「失われた10年」に社会に出たため、非常に世の中不景気で就職なんてないよと言われていました。そこで私は考えたのです。皆さんは就職について考えていますか。もう行ってみたい業界とかありますか。既に考えている人は手を挙げてください。チラホラですね。恥ずかしそうな感じですね。ありがとうございます。

 

子どもの頃からずっと教員志望-そもそも就職って何だろう?

 実は、私は小中高校、大学までは先生になりたいと思っていました。小学生の時から国語の先生に憧れていました。先生になるにはどうしたらよいか考え続け、先生になれなかったら人生終わりだとも。私は浜松市出身ですので、県内で先生になるには静大だろうと思って静大に入り、大学1年では教員採用試験を受けるつもりでした。でも、大学3年になって大学院に行こうと思い始めたのです。もっと学問を追究したい、より良い国語の先生を目指したいと。ただ、いろいろと考えてみると、大学院に進んだら、先生以外につぶしがきかない。国語のスペシャリストになっても、もし先生になれなかったら何年も大学に行っていた人間を喜んで雇ってくれるところがあるのだろうか。そこで自分が目指すものは何だろう、そもそも就職って何だろうとしみじみ考えました。

  

今、手元にある武器は?-自分の売りは何か!

 私は先生になりたいだけあって教育には興味があった。でも社会貢献したいという人間ではなかったのです。自分が接する半径何メートルかの家族、友人、教え子たちが幸せにできればいいなぁぐらいに思っていました。私のやることで社会を変えたい、社会に一石を投じたいというのは全然なかった。新しいことを学ぶのは好きなので、何か新しいものを掘り下げるために大学院に進むのか、あるいは教員採用試験を受けるのか、または他の選択肢があるのか、どれを選ぶのが良いのか迷っているうちに、今、手元にある自分の武器は何だろう、自分が売りにできるのは何だろうと思うようになりました。武器と言っても実際持って戦う訳ではないのですけど、就職活動に役立つものは何かと考えました。社会に出て自分が売りにできるものは何かと。

 

ないものはつくれ-うちの家訓~遠回りでも視野を広げよ!

 皆さん、これだけは人には負けないというものはありますか。私にはあまりなかった。私は浜松の町工場の娘です。父はないものはつくれというという主義で、うちの家訓でした。工場で何でも作る。「もったいない」の精神ですね。例えば大学で休講がある。嬉しいですか? 私は損した、と思う人間でした。学費を払っているんだから、と。講義のコマをフルに入れるような、意外とまじめな人間で。成績はまあまあ。それで、「武器」の話ですね。センター試験では生物は得意だった、動物も好き、大学院に行くつもりでアルバイトで貯めていた小金もあったことなどを考えると、大学院に進学するほかに学士編入する、もう一つ大学に行く手もあるなと思いました。うちの両親はお金を使う時はスポンサーを説得しなさいという方針だったので、私は親を説得するためいかに学士編入すると親にメリットがあるか、巻物のような長い手紙を書きました。今思うと恥ずかしいのですが。

 

この写真を見てください。親を説得するに当たって展開した私の持論です。左が高層ビル、右がすそ野の広いなだらかな山。ビルは敷地の広さを上限に、真上に伸びていかなくてはならない。裾野が広ければ、先細りになってもより高いところまで伸びることができる……可能性がある。違う学問をやらせてつぶしの利く娘を育成することで、安定的な将来を獲得できる……かもしれない。周りを広げることで、それまでより高いところまで行ける。これはいろいろなことにも当てはめられると思います。どの授業を取るか、どんな人と付き合うか、就職先を選ぶ時などにも、そのまま上に伸びていく選択肢だけでなく、ちょっと遠回りになるかもしれませんが、視野を広げられる選択肢がないか、いつも気にしてみてください。

 

 ということで、私はこういう選択をしました。今でもこれが正しかったのかは分かりませんが、後悔はしていません。大学に入ると、同じぐらいの学力の人が似たような目標を持って勉強するわけですが、行けなかった第一希望の大学のことを思い出して自己嫌悪したり、他の人より自分が劣っているのではないかと気にしたりする必要はないと思います。それは例えば、子どもが言葉を覚えるのが12年違っていても最終的にはしゃべれるようになるのと似ていて、歩き続ければいずれ、ある程度の高さまでは登れるはずだからです。ただ、昨日の自分、去年の自分と今の自分を比べてみるのは大事です。過去の自分に照らして恥ずかしい思いはしてほしくないと思います。後悔のない選択をしてください。

 

 ともあれ、私は麻布大学獣医学部に編入しました。獣医になるつもりはなかったので、動物応用学科に入り、今は亡き、横浜動物園ズーラシアの元園長で、女性で初めて上野動物園の園長を務めた増井光子教授の動物人間関係学研究室で、アニマルセラピーの研究などをしていました。いわゆる動物介在療法で、例えば乗馬をすることで半身麻痺の子どものリハビリが劇的に進むとか、ホームでネコを飼うことでお年寄りの認知症が改善する、というようなことです。隣の研究室で飼育していたヤギの群れが柵から逃げだして駐車場の植え込みを食い荒らしているのを見つけて大騒ぎになったり、研究室の木曽馬が腸捻転の危機に瀕し、横にしないため手綱をひいて夜通し馬場をぐるぐる回ったり、手先が器用なのを重宝されてあちこちの解剖を手伝ったり、貴重な体験を数多くしました。

 

麻布大3年-さらに就職超氷河期

 大学に二つ行けば、少しは景気が上向きになっているだろうと思っていたのに、3年になってもまだ不景気真最中でした。就職「超」氷河期とか言われて、周りの先輩たちも非常に困っていました。「需要がない」「必要とされていない」という感覚は、本当につらいものです。そこで、また考えました。社会に出るにあたって、自分に求められているのは何なのか。皆さんもこの先、いろいろ考えるでしょう。その業界の知識なのか、営業力なのか、アイデアなのか。ひるがえって、自分の人生は就職先がすべてなのか。就職に自己実現を重ねて悶々とするのは、学生らしい悩みで嫌いじゃないんですが、それは重要ではありません。むしろ自分の夢や憧れを就職先に向けるのは危険だと思います。好きな仕事、望んだ通りの仕事ができるのは、ラッキーなほんの一握りの人たちである、と考えましょう。もちろん、そこを目指すのもアリですが、就職がうまくいかなければ人生は終わりかというそうではありませんからね。有名な会社だから、憧れの職種だから、社会貢献したいから、英語が好きだから、就職先を選ぶには、いろんなポイントがありますよね。どれを優先したいか考えて、その上で自分にとって仕事とは何か、あらためて考えてみましょう。学生の時とは違って、社会人になったら給料で生活していかなければならないし、遊んで稼げる仕事なんか滅多にない。でも、どうせ働くなら楽しい方がいい。やりがいゼロでは困る、せっかくなら興味のある業界に行きたい……少しずつ絞っていけばいいんです。

 

需要がないなら、つくればいい

 今は私は、採用に携わる立場にいますが、率直に言って、よほどのことがない限り採用試験を受けに来た学生に接して即「まさにあなたみたいな人材を求めていた!」なんてことにはなりません。そもそも大学出たての人間が持っているスキルなどあてにしていません。大学在学中に同時通訳のバイトで首脳会議を担当したとか、自分の研究成果がNASAで採用されたとか、そういうのは別格ですが……。新卒で採る時、見ようとするのは「伸びしろ」です。出来上がっちゃってる人を採っても、それ以上伸びない。出版社の面接では、学生はがんばって「こういう企画をしたい」とか言ってくれますけど、現場を知らない提案はだいたいトンチンカンなんですよね。それがダメ、というのではなくて、会社側は「できる人材」と同じくらい「一緒に働きたい人材」を求めている、ということを覚えておいてください。「この人はできるな」と唸らせることは難しくても、「この人と一緒に働いてみたいな」と思わせることは、できそうじゃありませんか? 自分が会社にとって「ほしい人材」でないのなら、「ほしくなる人材」になればいいのです。需要がないところにはつくるしかありません。

中央公論新社に入社-「ラクレ」創刊チームに配属
 私が勤めているのは中央公論新社という出版社です。講談社や集英社といった大規模な出版社ではなく、いわゆる中堅です。ただ、創業は1886年、日本で最も古い雑誌「中央公論」を刊行している出版社です。雑誌「婦人公論」、中公新書、中公新書ラクレという新書のレーベルも持っています。実は「中公新書ラクレ」は私が命名者なんです。入社していきなり新書の新レーベル準備室に配属され、右も左も分からない中で新しい新書の名前を考えるように言われました。部長が張り切って考えてきた候補はアネックスとかロゴスとかで、新入社員なりにこれはなんとか違う名前にしなければならないと思いまして(笑)、商品名はカタカナ3文字がいいらしい、外国語に由来があるのがいいのではとか色々調べて、静大時代にかじったフランス語の辞書を頭から読んで、いい感じの言葉を探しました。ラクレとは「鍵」という意味です。「時代を拓くカギ」とか、後から理由をこじつけて、初めて企画書らしきものを書いたのがこの時でした。


文芸編集部に異動
 3年新書の編集部にいて、突然文芸に行けと言われて、そこから10年。文芸は、いわゆる小説です。北方謙三さん、京極夏彦さん、森博嗣さん、重松清さん、宮部みゆきさんなど、多くの作家さんを担当しました。編集者というのは、作家さんに原稿を依頼して、いただいた原稿を本にするのが仕事です。こういうテーマでこういう原稿書きませんかと提案することはあっても、記者ではないので、自分では書きません。「仕事」はB to CB to Bとに分類できます。B to CBusiness to ConsumerB to B Business to Business 。消費者を相手にするか、企業を相手にするかです。小売店などはB to C、商社とか代理店なんかは B to B 。出版社は読者を相手にしていると思えばB to C、書店を相手にしていると考えればB to B かな、と思いますが、編集者に限っては、いわば B to Aです。Business to Authorです(笑)。作家先生が書いてくれなければ本も出ません。本が出なければ商売にならない。だからあの手この手を使って作家先生に書いてもらいます。非常にストレスがたまりますので、お勧めしない仕事です。あ、もちろん半分は冗談ですよ。

新設の宣伝部に異動
 このように文芸編集の仕事に10年以上携わっていましたが、突然、宣伝部に異動になりました。事業戦略局というものが新設されまして、そこに放り込まれた感じです。宣伝部は文字通り本を宣伝して売る仕事ですが、営業部のように書店さんを回って本を置いてくださいとお願いするわけではありません。お金を払って新聞や雑誌広告を出す仕事です。どういう作品をどういう広告にして、どういう割合で新聞や雑誌に出すかを考えます。それから、中央公論新社には広報部がないので、今のところ広報の仕事も担当しています。ちなみに宣伝部は、実働部員が3人しかいません。部長はいるのですけども、一人は渉外、新聞社と広告料金などの交渉をする人です。広告を作る作業を私がして、もう1人は事務的な業務をお願いしています。
 新刊広告って皆さん見たことありますか。そもそもまず、新聞をとっている人はいますか。(少ない反応を見て)とってないよね。スマホやラインニュースがあれば新聞はいらないものね。実際データでもそう出ていて、新聞広告はある一定以上の年齢の人達は非常に良く見ていますが、若い人は少ない。ですから若い人に向けた書籍の新聞広告を出すことは、ほとんどありません。まさにデータを裏付ける実態を目の当たりにしてちょっと凹んでます。

この新聞広告を見てください。ウッチャンナンチャンのウッチャン、内村さんが書いた『金メダル男』という小説の文庫本です。この広告をスポーツ新聞に出しました。しかも体操競技の決勝のある翌日の、スポーツ面に出してほしいと指定しました。結果、体操記事の下に広告が出て、見栄えのある広告になりました。特に報知新聞は狙い通り「内村優勝」という記事が真上に来て、見出しの文字の色も見事にかぶって。これは社長賞だと部内で盛り上がりました。実際はもらえなかったんですけど、ツイッターなどでは面白いと話題になりました。今まで中央公論新社はこういう広告の出し方はしませんでしたが、結果オーライで、この本はかなり売れました。

 これまで会社がやらなかったことを臆面もなくやることが私にできること、私に求められていることだと思います。中央公論新社は古い会社です。伝統があります。私の同期は3人いて、出版関連のバイトをしていた東大生、阪大の新聞部長、そしてなぜか静大から獣医大に入った私。明らかに私だけ出走枠が違う。会社が私に求めているものはこれまで通りの社風を維持することではなさそうだな、とさすがに鈍い私でも理解しています。この一年でも、新聞広告の打ち方を変えてみたり、地方紙に「ご当地広告」を積極的に出したりしてきました。放っておいても100万部売れる本はある。でも、広告を出すことによってはじめて100万部売れる本もあるはず。それを目指したいと思っています。

 

名倉流、中公新書「応仁の乱」の売り込み方-「正気ですか?」

最近の仕事ですけども、皆さん『応仁の乱』って書店で見たことありますか。去年の8月に刊行された渋い、結構骨太な新書です。あ、皆さん、「中公新書」は知っていますか。知っている人?――半分くらいかな。少し安心しました。大学生の入門書として読まれることも多いレーベルです。テーマごとに読め、専門的な論文でなく、極力分かりやすく書かれていますが、主に大学の先生が書かれるものなので堅いことは堅い。ご多分に漏れず応仁の乱もガッチリ書き込まれています。「応仁の乱」そのものが複雑なので、流し読みしているとあっという間にこんがらがってしまいます。

 

応仁の乱について、これが毎日と読売新聞の全国紙に出した最初の広告です。「新進気鋭の歴史学者が日本史上屈指の難しいテーマに敢然と挑んだ」。堅い中公新書では、普通に作ればこういう広告になる。先生に腕組みはしてもらいましたが。それで、次にこういう広告を出しました。「気鋭の歴史学者が、日本史上類のない地味すぎる大乱にわざわざ取り組んで、話題沸騰!!」――担当編集者には「正気ですか?」と真顔で言われたけど、「関西人はシャレが分かるはずなんで、まずは関西版に出しましょう」と押し切って、ネットで話題になったのと、関西の書店の売り上げが伸びたのを見て、全国版にも(笑)。こういうコピーも出しました。「1分間に大体1冊売れております」。書籍ではほとんどないコピーですが、計算するとそういう週があったので、やっちゃえ!と。

「ズルズル11年」「スター不在」「勝者なし」。「知名度はバツグンなだけにかえって残念」。この「自虐広告」がツイッターを中心に話題になり、それまでの4万部弱からあっという間に8.8万部まで伸びて、一気に10万部まで売れました。「地味すぎる大乱」というキャッチコピーは、NHK の番組や BS の歴史番組でも使われ、どうしてこういう仕掛けをしようと思ったのか、と雑誌の取材も受けました。この新書はまだ売れていて、50万部近くまで伸びています。 

 

抜け道、裏口を探せ!

とはいえ私は悪ふざけがしたいわけではありません。いつも私なりに、最適なやり方を考えています。そのためには固定観念や前例にとらわれない。就活もそうですけれども、前の人の真似をしてもそれ以上のことは絶対できません。それを参考にしてうまく利用しつつ、何かオリジナルに「見える」ものを作り出していく。常に抜け道や裏口を見つけようとしているのが最近の私です。今仕掛けているのは「老後」がテーマの本です。『定年後』人生は後半戦から勝負という50歳からの生き方、終わり方を示す非常に前向きな本ですが、今の売り方はこんな形です。「定年後の日本人男性の8割が悲惨」。悲惨になって途方に暮れるその前に準備しておきましょう、と。一方で『孤独のすすめ』は、老いを受け容れてあるがままに過ごしましょうというもの。イキイキ活躍を目指す定年後、ゆうゆうと隠居を楽しむ定年後、どちらを選ぶかはあなた次第、という感じで、並べて売り込んでいます。ちなみに今は『定年後』が25万部、『孤独のすすめ』が30万部。皆さん今は実感がないと思いますけど、身近に関係する方がいらっしゃればぜひお勧めください。

 

最近はこういうこともやっています。池井戸潤さんの『花咲舞が黙っていない』というのはうちの文庫ですけども、文藝春秋の文春文庫から『銀翼のイカロス』が同時に刊行されました。半沢直樹シリーズ、ご存じでしょうか。花咲舞のほうも、杏さん主演でドラマ化された人気作です。そこで、文春さんに相談し、タイアップ広告出しています。今までほとんど例がなかったことです。キャンペーンのプレゼントも豪華ですので、皆さん店頭で見かけたらぜひ手に取って下さい。ちなみにプレゼントは、私の好みを反映してマニアックなものです。

 

大学生でいる時間=「商品力」を高めるチャンス
 いろいろ話してきましたが、私が就職活動をするにあたって非常に役立ったのはやっぱり大学時代での経験です。就職活動は自分という商品を高めるゲームだと思ってもいいかもしれません。不謹慎ですか?でも、それくらいに考えたほうが、精神衛生上、いいですよ。採用担当者にこの人がほしいと思わせられれば就職できる。嘘はいけませんが、盛るくらいならアリ。だまし切れば勝ちぐらいに考えた方がいい。そして大学生でいる時間は商品力を高めるチャンスと思ってください。大学で学んだことは決して無駄ではありません。wikipedia やツイッター検索で出



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