平成29年度 第11回 連携講座

投稿日時 2018-09-26 10:36:11 | カテゴリ: 平成29年度連携講座

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第11

 

日 時  20171218日(月)1425分~1545

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

講 師  眞木 万平 様

  静岡県立静岡商業高等学校 校長

(人文学部12回 昭和55年 英文学科卒)

演 題  「 職業と生きがい 」

       ~退職を迎えて想うこと~

 

 

1 自己紹介

 皆さんこんにちは。ただいまご紹介いただきました、静岡商業高校校長の眞木と申します。今年60歳ということで退職となります。38年間の教員生活を振り返りながら、皆さん方にお伝えすることがあればと思っています。

 

2 学生時代の私

 学生時代にはマンドリンクラブに所属し、指揮者を仰せつかっていました。やはり学生時代にはクラブの存在が非常に大きかったなと思います。そこから派生した交友関係とか下宿での友人などを通じて色々なことを学ぶことができたと思います。 

 3年生を過ぎたころから周りの友人たちがいきなり勉強を始めました。びっくりしました。主に公務員試験の勉強をし始めたんですね。彼らにつられて私も採用試験を目指して勉強を始めたことを思い出しました。

 

3 教職を目指した理由

 私は下田で生まれ育ちましたが、下田は観光が主で、それ以外の産業がなかなか無い。そのため周りで一流企業で働くという姿を見たことがありませんでした。

そんな時に友人の下宿に下田南高校の先生が住んでいらっしゃって、よく遊びに行ったんですけど、そんな時先生がギターを弾いて下さり、部屋には本もたくさんある、そんな姿を見たとき小学校2年生の私はかっこいいなと思ったんです。それが教職を目指した一つの理由なのかなとなんとなく思い出します。

 また、高校時代の恩師の影響もあったのかなとも思います。非常に自由な発想をされる方でした。ものの考え方を教えられたと思います。

 

 4 教師になってからの職歴とそれぞれの現場での想い

 23歳から38年間の教員生活を過ごしてきたわけですが、最初の赴任高は三島北高校でした。ここでは全日制と定時制の二つを担当したのですが、若かったのですね全然苦になりませんでした。特に定時制の生徒達は、昼間働いて夜は学校というきつい中でも本当に真剣に学んでいました。生徒の中には家庭環境が非常に悪い生徒がいたのですが、いつもニコニコ笑っているんです。どうしてこんなに明るく振る舞っていられるんだろうと不思議でした。生徒から学ぶことの非常に多かった職場でした。

 昭和58年に新設校の静岡南高校へ赴任しました。新設校では県内より熱心な教員が集められたこともあり、若手の私は先輩たちの後ろからついていくという雰囲気でした。30歳代のバリバリの先輩達から教わったことは「生徒のため」という姿勢でした。また授業指導についても非常に厳しく指導を受けました。若手が足手まといにならないようにとの配慮だったのです。今考えれば、あの時の厳しい指導があったから今の私があると思います。皆さん方にお伝えしますが、“若い時の苦労は買ってでもしろ”というのは将来必ず生きてきます。これは事実です。

 平成2年には新設10年目の庵原高校へ赴任しました。特に驚いたのは生徒の中に新設校の時の先生方の情熱が残っていたのです。不思議な学校でした。その情熱とは新設の時の校長の情熱を引き継いでいるということを後で知りました。 

 平成10年に文科省の派遣でワシントンDCに行くことになりました。全国から10名程の仲間がいました。ジョージタウン大学で1年間学びました。他に日本人留学生もいたのですが、彼らは非常に勉強をしていて、睡眠時間は3時間といいます。図書館は24時間会館されていて、常に学生がいるそうです。今自分の過ごした学生生活を振り返るとじくじたる思いです。

 平成11年には女子高の静岡城北高校へ赴任しました。女子高には女子高特有の指導がありました。決して生徒を人前で怒ってはいけない、プライドを傷つけてはいけない、叱るのではなく説得しなければいけないということを後で知りました。

 平成24年に再び庵原高校へ赴任しました。ここでは校長という立場でした。来年には清水商業との合併を控えていて、非常に小規模な学校になっていました。翌年には清水桜が丘高校が新設されたのです。清水商業高校は非常に部活が盛んな高校でしたので、よく部活動の応援に行き、魅力的な学校づくりに腐心したものです。商業高校と普通科高校の合併なので、統一性を作っていくのに苦労した記憶があります。

 平成28年からは現在の勤務高の静岡商業高校へと異動しました。県内の商業高校の中心ですが、私は商業の教員ではないのでなかなか解りにくいところもありました。また高校野球連盟の会長も兼務しています。会長として高校野球の開会式で挨拶をするという普段では経験できないこともさせていただきました。また同窓会の皆さんが熱い想いを持っているということにも驚きました。

 

5 印象的な出来事

 城北高校に赴任中の話ですが、当時土曜授業が行われていまして国際科の生徒達は茶道と華道の授業があったんですが清掃の間に2人の生徒がいなくなってしまいました。何をしにいったのかというとパンを買いに行ったんですね。私は非常に頭にきて、みんなが掃除をやっているのに何やってんだと叱っちゃったんです。それで一人の子が非常に抵抗感を持ちまして、周りの子達も彼女に同調したんです。私はこの時、2つのことを考えました。ひとつは、「教員も人なんだ。このままだとお前、嫌いになっちゃうぞ」と言おうか、もうひとつは「私にとってお前は大切な子なんだからちゃんと言うことを聞けよ」と。直前までどっちの言葉をかけるか迷っていました。声に出たのは後者でした。その言葉を聞いて同調していた子達はこう思ったんです。この子が先生にとって大切な存在なら私達も大切な存在なんだと。この事件の後はすごくやりやすくなったことを覚えています。

 

6 教職の喜び

 庵原高校で合併直前に、閉校記念に学校を解放するというイベントが行われ、その中で私は20年ぶりに3年間担任をした英語科の生徒達に授業をしたんです。来たのは20人くらいなんですが、その子達あまりに真剣なんですね。彼らは36歳くらいになっていたんですが授業が始まった瞬間、18歳に戻ってしまったようでした。すごく真剣で圧倒される思いでした。強い視線を感じるんです。その時、クラスがまとまっていたのは、私が素晴らしかったのではなく、子供達が素晴らしかったんだと気づかされました。まさに教師冥利につきると思いました。

 

7 キャリア形成へ

 社会学者の宮台真司がこうおっしゃっています。

“人の役に立ちなさい。人を幸せにできない人は幸せになれない”と。

 

8 おわりに

 仕事での悩みやそれ以外で色々と相談できる友人というのは非常に重要になってくると思います。大切にしてください。

 また優れた人は、地位がどんなに高くなっても常に謙虚でいるということを感じます。私がすごく感じるのは、地位が高くなっても常に謙虚でいてくださいということです。皆さんが将来どんなに偉くなっても常に謙虚な気持ちを忘れないでください。

 良い職業を選んで、充実した人生をお送りください。

 本日はご清聴ありがとうございました。

                                   

 (文責: 岳陵会副会長 河本通正 人文12回 経済卒)






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