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投稿者 : 事務局 投稿日時: 2011-01-12 11:21:11 (1590 ヒット)

静岡大学文理・人文学部同窓会 寄附講座第8回


期日  平成22年12月13日(月) 14時35分~15時55分

会場  人文学部大講義室

参加者 175人

講師  加藤修一様  学習研究社 加藤プロダクション代表 昭和34年 文理7回卒 国漢

演題  「企業PR映像制作と異業種の連携」


皆さんこんにちは 只今ご紹介いただきました加藤でございます。私は昭和34年に大学を卒業し、以後50年余り映像の世界で仕事をしてきました。現在まで劇映画、テレビドラマ、教育映画、記録映画、コマーシャル映像、企業PR映像など多種多様の映像を制作してまいりました。本日はその中でも企業PR映像の制作に関わる話をしたいと思います。

PR映像の制作を通して種々の企業、官庁とお付き合いしてきました。いろいろな企業の映像を制作しているうちに各企業などの特色などを知り、企業の得意、不得意の部分も見えてきます。そのうちに異業種企業間の提携が出来ないかと思い、結び付けてみたいと考え実際にその思いを成功させた事業が10数例あります。その中の一つの例を本日皆さんにお話します。

その前に簡単に制作プロデューサーの仕事とその役割をお話しましょう。プロデューサーの役割には次の3点があります。

1) どのような企画意図のもとにどのような映像を制作するかを決定する。

2) 見積書を作成し制作予算を決める。

3) 制作スタッフを決める。(主として監督―演出者) つまりその映像制作に当たってプロデューサーは全権を持ち、制作の全責任を負います。


さて、今回の提携企業は住友化学、東洋光学工業、それに私の学習研究社の3社ですが、その事業内容は「マラリアを観察診断できる簡易蛍光顕微鏡の開発」でした。


最初にマラリアの歴史を簡単に触れておきます。

マラリアは古くはBC5世紀頃ギリシャ本土で流行し住民が沢山死亡しました。残った住民も恐れをなして他の地に移住し農地が荒廃、そのために弱体化したギリシャはBC4世紀にマケドニアに併合されてしまいます。マケドニアを支配したローマ帝国もマラリアの慢性的な流行に苦しめられ国民全体が不活性化し、ついに5世紀には西ローマ帝国も崩壊するに至ります。

日本では古く平安時代からマラリアは“わらわやみ”“おこり“として知られており、平清盛もマラリアで斃れたとつたえられています。明治維新後もマラリアは全国各地で発生し、1903年には20万人がマラリアにかかり千人が死亡しています。1962年以降は日本での感染は見られなくなりました。

現在マラリアは世界100カ国以上で流行しており、WHO(世界保健機関)の推計によると年間3億人~5億人が感染者し、そのうち死亡者は100万人~270万人いわれています。この大部分はサハラ以南アフリカ、東南アジア、南アジア、南太平洋諸国、中南米などです。

単細胞動物である原虫も通常の抗菌剤が無効のため治療しづらい感染症です。この微生物が起こす感染症ではこの地球上で最も有名かつ死者の多い感染症がマラリアです。

このマラリアを予防撲滅する一番大切なことの一つは、原虫を媒介するハマダラカを駆除することです。なぜならばマラリアはこの蚊によって媒介される感染症だからなのです。そのため蚊の発生源を減少させ、幼虫、成虫を駆除することです。更にマラリア患者を早期に発見し治療しなければなりません。見つける方法は発生流行地の人々の血液検査が一番効果的です。方法は血液を採取し、血液塗抹標本を作成し、光学顕微鏡で検査する方法がベストです。この血液塗抹標本を作る方法は今から100年ほど前オランダのギムザ博士が開発したギムザ法が現在まで使われていました。しかし結論が出るのに時間がかかり過ぎ、7週間もかかるのでその間に患者の様態が悪化することもありました。

名古屋大学の川本文彦教授は研究の末マラリア原虫の検査で画期的な検査方法を発明しました。アクリジンオレンジ染色法といいます。

アクリジンオレンジ染色法の特徴は4つあります。

1) 迅速である。染色体を顕微鏡に乗せた直後に顕鏡できる。

2) 正確である。明瞭で識別に誤差がない。

3) 簡単である。誰にでも出来る。

4) 経済的で安価である。

 ここで異業種交流の結果開発された簡易蛍光顕微鏡の開発経過を説明します。宝塚市にある住友化学塚研究所で、さる企画制作の会議中、マラリアの血液標本を作製する新しい方法を名古屋大学の川本先生が医学学会で発表したという話を聞きました。早速川本先生を訪ねると先生はマラリア原虫塗抹標本を装着しておいた顕微鏡を見せてくださいました。それは、ギムザ法で観察したのと違い素人の私にも一目瞭然、夜空に輝く星のごとくマラリア原虫が輝いていました。川本先生が開発発明したアクリジンオレンジでマラリア原虫を染色した血液塗抹標本でした。川本先生は年に数ヶ月アジア、アフリカ諸国などのマラリア発生地域をまわり研究を行ってきましたが、時間のかかる従来のギムザ法に代わる安価で迅速に結果が出るアクリジンオレンジ法を発見したのです。でも解決しなければならない問題を抱えていました。それは貧しくて電気も通っていない地域でも使用でき顕微鏡がないということです。調べた所、私どもの代理店で全国の小、中、高等学校に顕微鏡を納入しているメーカーがありました。紆余曲折はありましたがこの会社と住友、学研と3社で協力し安価で軽量な蛍光顕微鏡の開発プロジェクトを立ち上げることが出来ました。価格的にも発展途上国が購入できる30万円以下に押さえました。長崎大学で開かれた熱帯病学会にこの試作品の顕微鏡とマラリア塗抹標本を添え出品展示したところ大変な好評をいただきました。その後ジュネーブでの国際熱帯医学学会でも国内同様の好評をいただき、WHOには絶賛され国際的にも認められたのです。さらにJAICAでは、ODAの中にマラリア対策の一環として顕微鏡とマラリア塗抹標本をセットで次年度の購入品目の中に入れていただくことで内定をいただきました。その後タンザニアにはODAで90セットが贈られ、マラリア発生地域の国々にもODAの予算で毎年顕微鏡のセットが贈られています。国内では医学部、国際空港、自衛隊、救急救命センター、獣医院などから要望があり納入しております。

 3年を超える年月、そして、いろいろな人との協力を得てこのマラリア診断用顕微鏡は開発され世に出ました。私の長い人生経験の中でもこの開発普及にかかわり費やした歳月は楽しく、有意義でもあり、マラリアコントロールの場にアクリジンオレンジ法と共にこの顕微鏡は一つの貢献をしたと自負しております。

 最後に企業PR映像の制作に携わると、いろいろな企業、官庁のしかるべき人たちと付き合いが出来、世間が広くなります。このような考え方もあったのかと目の覚める思いをしたことも多々あります。井の中の蛙大海を知らずとはよく言ったもので、大きな会社の一つのセクションに居ればいるほど、人間の社会的視野が狭くなる傾向があります。皆さんもいずれ卒業し社会に出ます。つたない私の経験ではありますが、ぜひ皆さんも出来るだけ視野の大きな人になるように努力してください。ご清聴ありがとうございました。

拍手                             (文責 小林)

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2011-01-11 13:37:54 (1099 ヒット)

これはジンギスカンが攻めてきた時この建物は砂嵐で砂にすっぽり覆われていたために破壊から逃れることが出来ました。そのように中央アジアは厳しい自然の中にあります。


4 中近東を行く

 イランはペルシャ文化圏です。首都テヘランにはパーレビ王朝の宮殿が残っています。周囲には六千メートルの高山もあり、大地も豊かだし文化財も沢山残っています。奈良の正倉院にあるガラス製品(切子の壷)はここで作られシルクロードを経て日本に伝えられたものです。

 イランは周囲をイラク、パキスタン、アフガニスタンなど7つの国に囲まれていて、石油埋蔵量では世界第2位です。ところで、夜、疲れたのでお酒でもと思ったのですがイランは禁酒法が定められている国で一切お酒はご法度なのです。でもよくしたもので探せばブラックマーケットにあることはありますが、飲酒が見つかると鞭打ちの刑に処されるのでやめました。国民の50パーセントが30歳以下のとても若い国で、将来に可能性を秘めた国といえます。日本よりも古く五千年の歴史があり、プライドが高いお国柄です。


5 トルコを駆け巡る

 世界遺産のカッパドキアは洞窟の都市です。他民族から攻撃された時にこの洞窟に立てこもり防衛したのですが、2万人ぐらいが生活していたようです。洞窟の中にはぶどう酒のワイナリーもあります。岩の祠にブドウをいれて潰し、注ぎ口から出てきた汁からワインを造ったのです。カッパドキアは戦争があっても決して戦かわない専守防衛の思想です。今の日本と同じですが、これで本当に防衛が出来るのかどうか皆さん考えてみてください。

 トルコは北に隣接するロシアに長年痛めつけられてきました。日露戦争で日本がロシアと戦い勝利しますが、このときトルコ人は「よくぞ日本はロシアをやっつけてくれた!」と喝采を叫んだといわれています。こんな歴史もありトルコ人の日本ひいきは大変のもので、日本はとてもいい国だと大歓迎してくれます。


6 イタリア半島を縦断してローマへ

 ミラノに入りました。ここで気づいたことは、人が一番、電車が二番で車は最後という思想が都市計画に生かされているということです。ダヴィンチの最後の晩餐の絵を見てからローマに入りました。ローマ市内はローマ時代の遺跡と現代が同居して生活が営まれています。ポポロ広場がありますが、ここがシルクロードのスタート地点で、東の西安と東西を結んでいます。


7 シルクロードから見た日本

 シルクロードを歩いてかんじたことを申し上げます。

第一は、日本は水と緑に恵まれているということです。日本にいるだけでは気がつかないことですがこれは大変なことです。大事にしなくてはいけないとつくづく思います。中国では今タクラマカン砂漠などで盛んに緑化活動をしていますが、大変なコストと労力を必要とします。

第二に、日本民族は他民族から直接侵略された経験がありません。あるとすれば鎌倉時代に元寇が博多沖に侵攻してきたくらいです。中央アジアを旅してみると攻めたり攻められたりの繰り返しで、侵略された経験がないということ大変幸せなことだと痛感しておかないといけないと思います。日本は技術力、国力、国民教育などすべての面で優れていて、地政学上から見ても大変重要な位置にあります。世界は今も昔も現実政治で動いていてどろどろした力学で成り立っています。抽象的な平和主義だけで現実対応が出来るのか若い皆さんには是非考えて見て欲しいと思います。

第三に、日本の潜在能力は大変なものだということです。例えば、日本野菜のルーツは中近東にありますが、一旦日本に入ってくると、日本人の趣向にあったように次々と改良され、原産地のものとは別物のようになってしまいます。世界一優れた野菜にしてしまうのです。自動車も鉄鋼も然りで外国から輸入して工夫し改良を加えて世界のトップレベルの設備や商品にするだけの能力があるのです。このことは特筆すべき日本の誇りだと思います。

第四は治安がとてもいい国だということです。世界のあちこちで、大きな事故が発生すると必ず略奪が発生します。あの阪神淡路地震の時に、外国の記者は必ず略奪が起こると予想したそうですが、ボランティアの助け合いはあっても略奪はありませんでした。日本は国民皆教育で教育が徹底しています。少なくともシルクロード周辺の国々では少ないことです。日本語が乱れてきていますがもっと大切にしたいものです。民族には必ず盛衰がありますし国も同じです。衰退を止めることが出来るのは民族の力です。この旅の中でよくアメリカやドイツの学生グループに会いましたが、日本の学生とは一度だけ一人で旅をしている人に出くわしただけです。アメリカ等への留学生も減ってきていますが、もっと若いときに諸外国を歩いて見聞を広めることが大切だと思います。

 日本は本当に世界に誇れるすばらしい国です。若い皆さんが世界を知り力を蓄えていただきたいし、そのために大いにチャレンジして欲しいと思います。

 企業に携わった立場から言うと、知識ばかりを詰め込んだ人間より広い見識を身につけ人間力を磨いた人のほうが魅力的だと言えます。拍手

(文責 小林)

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2011-01-11 13:34:38 (1373 ヒット)

静岡大学文理・人文学部同窓会 寄附講座第7回


期日  2010年12月6日(月) 14時半~16時

会場  人文学部大講義室

参加者 195人

講師  皆藤武彦様 (前)中日本航空(株)社長 文理10回卒 法律

演題  「シルクロードから見た日本」


 シルクロードは、中国・西安とイタリア・ローマを結ぶ一万五千キロの道です。太古から現代まで連綿として使われ、世界史の多くがここに刻まれています。通商の道であり、覇者の道、そして文化の道でもありました。

 私はこの道を、2006年から4年間かけて6回、のべ61日入境し、見聞を広げました。ここに身をおいて旅を続けていると、日本にいてはよく見えなかった世界や日本が見えてきます。シルクロードの歴史と今をスケッチしながらわれわれの日本を考えてみたい。


1 シルクロードとは何か

 少年時代からシルクロードに強い関心を抱いていました。歴史好きだったので、奈良、京都を旅して古い歴史に浸りながらいつの日か行きたいシルクロードを夢見ていました。

 大学時代、日本がまだ貧しかったので行きたいけれど行けなかった。80年代に入り豊かになりましたが今度は仕事が忙しくて時間的に余裕がなく地図を見ながらの旅を余儀なくされました。

 2005年6月、第一線を退きようやく念願のシルクロードに行けるようになりました。

 シルクロードは全長一万五千キロあります。この距離は地球一周の約半分の道程です。この道はかつて玄奘が通り、マルコポーロが歩き、ジンギスカンが走り抜けたのです。

 1877年、リヒトフォーフェンによって「絹の道、シルクロード」と名づけられました。その西安市は現在人口七百万人の巨大都市です。当時は周囲が城壁に囲まれていましたが今は内城壁だけが残っています。1974年、一人の農夫が偶然見つけたのが発端になり、秦の始皇帝の墳墓が発見されました。世紀の大発見です。墓の広さは幅60メートル縦が230メートルあり、中には6千体の兵馬俑が整然と並んでいます。この中には驚くほど精巧に作られた馬車もあり技術の高さに驚嘆します。

 前漢の武帝の頃は、敦煌から西は他民族の支配する地であり、西域といっていました。張騫という外交官が西域で捕虜になり、数年して帰ってきて初めて西域の実情が明らかになりました。この情報がシルクロードとして発展して行く背景にあります。内城壁の4つの門のうち西門の安定門がシルクロードの出発点になっています。

 シルクロードは今は車ですが当時はラクダでした。何故ラクダかというと、ラクダには水脈を見つけることが出来る超能力があるといわれています。このことは山海経という中国最古の地理書に書かれています。


2 中国の大地を行く

 西安を出発して最初に着く都市は西のはずれ敦煌です。みなさんご存知の莫高窟があります。きわめて完成度の高い壁画や仏像があり、現在492窟が公開されています。世界最大の仏教遺跡です。

 ここで高唱故城について触れておきます。写真の通り累々として土くれというか岩のようなものが一面に残っています。これはかつての城跡、建物跡なのですが、すべて日干し煉瓦を積み上げて作られています。ここの王様はとても平和を愛していましたが、この地が地政学上きわめて重要な位置にあり、他国から侵略されあっけなく滅ぼされてしまいました。シルクロードにはこれ以外にもおなじ運命を辿ったサルマカンドがありますが、地政学から見て重要な場所にある国や都市は、平和を愛するということだけでは国は守れないという歴史の現実があります。このことは今の日本にも言えることなので皆さんよく考えてみてください。

 トルファンを経てウルムチです。ウルムチはウイグル族の中心地で、ウイグル自治区になっていますが、自治とは名ばかりで実際は中国の中央政府が支配しています。鉱物資源とりわけ今注目されているレアーメタルや天然ガス、石油の産地として重要であり、目覚しい発展をしています。中国大陸の西の果てにあり人の顔も文字も中国とは別で異文化、独自文化を持っています。

 中国には今56の民族があります。このうちで漢民族が90パーセントを占め10パーセントの約一億人が少数民族といわれています。5つの自治区に分けて政治をしていますがどの自治区にも中央から政治指導者が派遣されていますので、自治区とはいえ中央支配が実情です。民族問題ではとてもナーバスになっています。


3 中央アジアを行く

 サルマカンドに入ると雰囲気がガラリと変ります。イスラム文化圏なのです。古いサルマカンドはジンギスカンに支配された時に完全に破壊され今は一面の草原になっています。先に見た高唱故城と同じで地政学上重要な位置にあり他国に狙われやすいのです。ただ一ヶ所イスマイール・サマーニ廟という建物が残っていて現在世界遺産になっていますが、


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2011-01-06 12:25:46 (1147 ヒット)

これがリレーションシップバンキングです。これからの信金に期待されている姿であり、地域企業の真の担い手になれるキーポイントです。


4 社会人としての自覚

1) 働くということ

人間の幸福は働くことによってのみ得られる。私はリタイアして仕事からはなれて初めて仕事の大切さを知りました。幸せには4つあると説かれる人がおります。

人に愛されること、人に誉められること、人の役に立つこと、人に必要とされることの4つです。愛されること以外は仕事で得られる幸せです。

7、5、3現象といわれていますが、大学生、高校生、中学生が就職して3年後に残っている率です。すぐ辞めない、我慢することも大切です。

次に会社の選定基準ですが、私は大企業ではなくしずおか信用金庫に入りましたが、結果としてよかったと思っています。ここで本を紹介します。日本には大変素晴らしい中小企業があることを知って欲しいのです。

「日本でいちばん大切にしたい会社」1、2

「なぜこの会社はモチベーションが高いのか」

著者は私が学んでいる法政大学大学院教授の坂本光司氏です。例えば高知県の自動車デーラーで「ネッツトヨタ南国」という会社があります。この会社は顧客満足度が10年間トップの企業です。ショールームはありますが普通のデーラーのように展示車はありません。高級ホテルといった感じでコーヒーなんか飲みながら談笑します。車を奨めるなんていう営業は一切ありません。ただしバックヤードには沢山の試乗車があり、ご希望の機種が2日間貸し出されます。この会社には年間10万人もの人たちが県の内外から集まってきます。これは社員の応対に感動してくるといわれています。この会社では新入社員研修として最終日に視覚障害者同伴で四国88ヶ所のお遍路体験をします。この結果として人にやさしくなれる社員が育成されるわけです。売らんかなではなく会社は社員を大切にする、社員はお客を大切にする、これが企業の社是なのです。

2) コミュニケーション能力

ダイヤ・ログ・イン・ザ・ダークということばを皆さん知っていますか。これは漆黒の暗闇の中で数人がグループになりいろいろのことをするとても貴重な体験です。費用は五千円かかりますが、一度体験して欲しいと思います。人は一人では何も出来ないことを痛感します。闇の中では仲間とコミュニケーションをとらないと一歩も前に進めないことがわかります。両手の感触を頼りに触って物を確認しながら進みますが、実はこの施設は視覚障害者の就労支援施設なのです。

コミュニケーション能力にはつぎの5つがあります。発信力、人の話をよく聴く傾聴力、柔軟性、状況把握力、規律性の5つです。更に付け加えると問題解決能力が大変重要です。一つの例を申し上げます。

私が安西支店長時代に経験したことですが、一流とは言えない普通の大学から入った職員の話です。入庫して6ヶ月が過ぎ営業を始めたときのことです。あるお宅で住宅ローンの相談を受けました。普通の社員は知識がないことを理由に「判りません」と答えます。お客との間の関係はこれで切れますが、この社員は「判りませんので一度店に帰り先輩に聞いて明日までにはお返事します」と答えました。次につながりお客の信頼をつなぎとめることが出来ました。

 これこそが信用金庫が求める人材像です。「お客の立場に立った言葉であり、態度から出てきた姿勢」が大変重要なのです。

 以上で終わりますが、私の経験が少しでも皆さんのお役に立つことを願っています。拍手

(文責 小林)

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2011-01-06 12:24:37 (1255 ヒット)

静岡大学文理・人文学部同窓会 寄附講座第6回


期日  2010年11月29日(月) 14時半~15時55分

会場  人文学部大講義室

参加者 195人

講師  鈴木良夫様 元しずおか信用金庫理事長 昭和48年 人文5回卒 経済 

演題  「一社会人」の足跡―金融マン生活を振り返ってー」


私は昨年3月地元しずおか信用金庫を退社し、11月には文理・人文学部同窓会長に就任しました。本年4月から法政大学の大学院に通学し、地域発展の政策提言をする政策創造学科に在籍し修士論文を検討中です。

 今日のテーマは2つです。一つは信用金庫とは何か、どんな役割を果たしているか、二つ目は社会人としての自覚ということで皆さんに伝えておきたいことをお話します。


 1 信用金庫とは

信用金庫は明治33年(1900年)産業組合法の制定で信用組合としてスタートし、昭和26年(1951年)信用金庫法の制定で今日の姿になりました。日本で最古の信用金庫は実は掛川信用金庫です。二宮尊徳の弟子で岡田良一郎氏が120年前に設立しました。

信用金庫には3つの特徴があります。

1) 中小企業専門の金融機関で大企業とは取引できません。

2) 会員の相互扶助が基本の協同組織の金融機関です。しずおか信用金庫には会員数5万人、総代は130人います。

3) 営業地域が法律で定められている地域金融機関です。

信用金庫は都市銀行、地方銀行に次いで第3位の金融機関です。全国では現在272金庫ありますが私が入社した頃は450ありました。地域経済の低迷、金融危機を境に減少しています。これは地域経済と運命共同体であるということを物語っています。県下では15あった信金は現在12です。東部の減少が目立ちますが観光業の衰退が背景にあります。




2 静岡県の信用金庫の概要

これは本年の3月期決算にみる12信金の実力で、数値は既に公表されたものです。

1) 預金量

トップが浜松信金でしずおか信金は第3位です。静岡県は信金王国といわれています。これは健全な中小企業が多いということです。信金が強い所は京都府、愛知県、岐阜県、北海道です。静岡県は5千億円以上の預金量の信金は5つあり、1県で12信金あるのは全国でも珍しいです。

預金量に対する貸出金の比率を預貸率といいますが、私の入社時には70パーセントあったものが今は55.5パーセントです。地域の資金需要が減少していることを物語っています。

2) 健全性 

この指標には不良債権残高と不良債権比率があります。ともに低い方が鍵全といえます。県内12信金は極めて健全です。

3) 体力

 自己資本比率が指標になります。高い方がよいわけで、県下では掛川信金の27.9パーセントがトップで県下平均では15.4パーセントです。最近話題になった日本振興銀行の場合は貸出金の大半が不良債権化していて業務停止命令を受けました。一時凍結されていたペイオフが発動され解禁第一号になりました。

  国が決めている自己資本比率の最低ラインは国内基準4パーセント、海外基準8パーセントです。4パーセントを下回ると業務改善命令が下ります。


3 信用金庫の魅力

1) 中央零細企業と信用金庫

地元から預かった資金を中小零細企業、個人に融資するという資金の仲介機能を

たしています。中小企業にとりなくてはならない金融機関といえます。

2) FacetoFaceの営業活動

地域密着型の泥臭い営業活動が基本です。リレーションシップバンキングという言葉があります。これは金融機関が地域企業に密着して活動することですが、この活動が弱まり企業の実態が分からなくなると、融資担当は融資額相当の担保やまた保証人に依存するようになります。これでは信金と企業の信頼関係は薄れます。地域密着の営業を活発化させ企業の実態を知れば担保をとり保証人をつけなくても融資が可能になります。


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