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投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-05-11 13:30:12 (37 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第4回

 

日 時  20171030日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

講 師  鈴木 論子 様

  清水税務署

(人文学部34回 平成14年 経済学科卒)

演 題  「 国税専門官の魅力 」

 

 

自己紹介

みなさん こんにちは

ただいま紹介に預りました、人文学部経済学科34回卒業生で、現在清水税務署個人課税部門で国税調査官として勤務しております、鈴木論子と申します。よろしくお願いいたします。

平成14年卒業以来15年ぶりに静大に来ました。こんな機会がなければ静大に来ることはなかったと思いますので、今回のお話はありがたく思います。

今日は「現代社会の変容とキャリア形成」について講義をさせて頂きますが、自分自身の大学時代から今に至るまでを振り返って思うことと税務職員の仕事についてお話させていただきます。

 

国税専門官になるまで

この中で公務員志望の方はいらっしゃいますか?(今は公務員講座も受講できると聞いておりますが)ではその中で「国税専門官」の試験を受けようと思っている方はいますか。(1名手が挙がる)税務署にいる若い職員の中には静大出身の職員が多いと感じております。私は大学4年の時に国税専門官試験を受験しましたが、勉強不足で落ちてしまいました。国税専門官試験に落ちてしまった私は就職活動を始め、首都圏にあるパン屋に就職することができました。そして川崎で暮らしながらパン屋の販売の仕事をしていました。しかし一緒に仕事をしていた子どもを持つ社員の女性が土日出勤、シフト制の勤務をしながら、子どもを保育園に預けたり、保育園が休みの時は親に預けながら仕事をしているのを見て「ここでは自分は長く働けそうもない」と思い、1年半でそのパン屋を辞めました。もともと「自分は結婚するとしても結婚しないにしても、一人で食べていけるようになりたい」と考えていたので、沼津に戻り再度国税専門官の試験を目指すようになりました。そしてパン屋の給料で公務員試験の通信教材を購入し、今度こそ絶対合格しなければという強い意志を持って国税専門官試験に合格し、現在に至っております。

 

現在の仕事

私が携わっております税務署の中の個人課税部門の仕事についてお話しします。今の仕事は確定申告している方の申告内容について、その内容や計算が間違えていたり、申告が必要であるのに申告がない方に連絡を取り、税務署に来ていただいて申告内容を直していただいたり、申告していただくという仕事をしております。毎日たくさんの方に来署してもらうのですが、申告が間違っていたり申告していない方なので、税金を追加で納めていただく方がほとんどです。「どうしてまたこんなに納めなければならないんだ!」「税務署の指導で申告したのに間違えているというのはどういうことだ!」という方もおられ、常に丁寧な対応とわかりやすい説明を心掛けております。怒りをあらわにしている人にこちらの主張だけをぶつけても相手の怒りはおさまらないどころか炎上する一方です。まずは相手の言い分をよく聞いてその上で「お気持ちは十分わかりますが、でもですね・・・」というように説得していきます。私たち税務職員は法令に基づいて適正・公平な課税を行わなければなりませんので、なんとかして相手を説得して正しく是正します。公務員でなくても、どんな仕事でも相手を説得させなければならない場面は少なからずあると思います。大学生の時からいろいろな人と付き合って会話したり、ゼミに積極的に参加することによってコミュニケーション能力を養っておくと、仕事をする上で非常にプラスに働くと思います。コミュニケーション能力というのは、ただ単に話が上手にできることだけではないと思います。私自身も話をするのが苦手なので、人をどっと笑わせるような話ができる人をうらやましく思いますが、相手の話をきちんと聞くことができるのもコミュニケーション能力の1つだと思います。相手の話を聞いて、相手の気持ちに寄り添って、相手に信頼してもらえるような会話ができるようになれば仕事もスムーズにできると思います。

また、税務署の外に出て調査に行った時のお話をします。初めの頃はとても緊張しました。今でも調査に行くとなると緊張しますが、まずは調査先まで車でちゃんと着けるか、道は狭くないかなど不安になります。電話でアポイントをとって行くにしても、相手がどんな人かわかりませんのでドキドキします。実際は調査先の方が緊張しているかもしれません。税務署が来るなんてなんか悪いことでもしてしまったのかと思う人もいるようです。調査では自宅や事業所におじゃまして、国税通則法の質問検査権に基づいて事業の内容を聞いたり帳簿等を見せていただいたりするのですが、その質問検査権だけではうまく調査はできません。調査においては調査先との信頼関係を築くことが重要です。そのためにはまずは最低限、マナーや服装に気をつけます。そして誠実な態度と調査に入る前のちょっとした世間話をすることで、この人ならいろいろな話をしていいかもと思っていただかないと物事はスムースに運びません。調査先に対し調査結果を説明し、相手も納得し調査終了になると、初め緊張していた分達成感を味わえます。

 

税務大学校和光校舎

国税専門官に採用されると税務大学校和光校舎で研修を受けることになります。税務大学校には国税局、国税事務所で同じ年に採用された「同期」が全国から集まってきます。税務大学校では講義を受けたり、班に分かれてゼミを行ったりします。図書室もあり、試験の前にはここで一生懸命試験勉強をしていました。ゼミも試験も大変なのですが、いろいろな学部出身の人が集まるので、それぞれ得意分野を教えあって、特に簿記の知識がある人は班の皆の面倒を見るなど、皆で助け合い和気あいあいとした研修で、とても楽しかったです。実務研修ではゼミがメインで、班の中でさらにグループに分かれて事例の検討などを行うのですが、皆それぞれの意見があり「あっ こんな考え方もあるんだ」と非常に刺激を受けました。基本的に大学と同じような事をしますが、大きく違うのは勤務中であることです。給料を頂いて研修を受けるわけですから、なおさらしっかり受講しなければなりませんし、逆に考えると給料をもらえてこんな研修を受けられるのはとても恵まれていると思います。

 

国税の職場の魅力

1 「正直者が損をしないように」というフレーズは私が仕事をする上で、常々意識している言葉です。例えば今の仕事で言うと、申告を直してもらうという仕事の中で、税金の額が多かったり、明らかに税務署側のミスだったりした場合には、納税者に連絡することがはばかられるような時があります。でもその時に「正直者が損をしないように」と思えば、勇気を持って立ち向かうことができます。そういう使命感や正義感を持って仕事ができることは魅力があると思います。

2 税務署の仕事というと内部での事務的な仕事のイメージされた方も多いと思いますが、書類をめくったり、電卓をたたくのみの仕事ではなく、実際に事業主のお宅や事業所に訪問し、専門知識を生かして調査を進める「現場の仕事」です。「現場の仕事」ですので現在の社会情勢や経済状況を常に感じながら仕事をすることができます。また職場自体も堅苦しい雰囲気はなく、明るく活発な雰囲気です。

 

子育てと育児休暇

私自身も現在小学校3年生の息子と1年生のかわいい娘がいます。出産して2人ともそれぞれ1歳になるまでは育児休業させていただきました。この時は本当に育児に専念してのんびりとした時間を過ごさせていただきました。今思うと貴重な時間だったなと思います。そして職場復帰後も保育園の送迎があるので勤務時間を短縮する制度を利用していました。また、子どもが保育園に入るといろいろな病気をもらってくることが多いのですが「子の看護休暇」という休暇も小学校就学前には取得できたので非常に助かりました。現在は自分の親と二世帯で住んでいるので、学童保育のお迎えは親にお願いしてフルタイムで勤務しております。このように子どもが小さいうちは家庭の状況に応じて勤務体制を選択できるので女性にとって働きやすい環境が整っています。また、女性だけでなく男性も子どもが生まれてくる時は特別休暇を取得できますし、今は男性も育児休暇を取得する職員も増えています。自分もそうなのですが、国税の職場内で結婚している方が多く、初めは奥さんの方が先に育児休業を取得し、奥さんが職場復帰すると同時にご主人が育児休暇を取得する方もいます。私は育児休暇を2人、1年ずつで合計2年取得し、他の同期に比べ約2年間仕事をしていないことになるわけですが、今現在他の同期の職員と同じような仕事をさせていただいており、経験が少ない分不安なことがありますが、ありがたいことだと思っております。育児休暇を取得したからといって不利益になることはまずありません。

 

ワークライフバランス

最近ではワークライフバランスが重要視されていますので、残業は減少傾向にあります。効率的に仕事をして無駄な残業をしないようにしています。部署や時期も異なりますが、私自身はほとんど午後5時に退庁しております。また、休暇もとりやすい環境で仕事の状況に応じて、ゴールデンウィーク、夏休み、年末年始など連続して休暇を取ることが可能です。周りの職員は趣味のために休暇を取得する人が多いです。音楽、鉄道、カメラ、旅行、スポーツやアイドルなど様々です。以前も今も自分の好きなことを仕事にできたら楽しいだろうなと思うこともありますが、仕事は仕事、趣味は趣味でメリハリをつけて好きな事は趣味の範囲で大いに楽しむこともありだなと思っています。また、この職場はどんな知識でも仕事に役立ってきます。特に遊び関係の知識は役に立ちます。様々な業種の事業所へ調査に行くこともありますので、納税者の方と話をする上でいろいろ知っていた方が話を引き出すことができます。いろいろな分野に興味を持ったり、趣味の世界を掘り下げていることは仕事の幅を増やすことにつながっていきます。

 

 

 

学生の皆さんへ

自分自身は今の仕事に就くまで遠回りをしてしまいました。今でも大学4年の時に国税専門官試験を受かっていれば、その分経験を積むことができたのにと思うことがあります。早くから目標を持って、その目標にたどり着くために最短距離で到達できる方がもちろんいいと思います。でもこれは常々思うことなんですが、人生において無駄なことは1つもないと思っております。失敗した事も含めて、経験したことの11つが自分を作っているのだと思います。今皆さんの中でこんな職業につきたいですとか、夢や目標があるという方はそれに向かってがんばって欲しいと思います。でもまだ見つけられない人は今興味のあることにどんどんチャレンジして欲しいです。何かのきっかけになるものがあるかもしれません。大学時代は時間がたくさんあります。今子育てをしている自分にとっては本当に時間が貴重です。大学生の時は喫茶店でコーヒーを飲むことなんて当たり前でしたが、今では1人でコーヒーを飲む時間は至福のひとときです。学生の皆さんはたくさんある時間を有効に使ってほしいです。また、いろいろな人に出会って、その出会いを大切にしてほしいです。社会に出るとへこむことはたくさんあります。どんな好きな仕事についても嫌な事は必ずあります。今のうちから嫌な事を乗り越える術を身に付けてほしいです。あの人もがんばっているんだから、自分もがんばろうと思える人を見つけたり自分の好きな事など自分の世界を持てるものなど、嫌なことを乗り越えるために必要な材料を大学生のうちにたくさん集めておいてください。大学生の皆さん方も悩むことはたくさんあると思います。勉強の事、友人関係、将来の事、恋愛など。大いに悩んで欲しいですが、決して後ろ向きではなく、いつも前向きに楽しく過ごして欲しいと思います。最後に皆さん方が健康で充実した大学生活を送れることを心から願っております。ご清聴ありがとうございました。

 

(文責:浜松支部 浅野哲司 人文学12回 経済学科卒) 

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-04-20 11:14:27 (41 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第3回

 

日 時  20171023日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

講 師  名倉 宏美 様

  中央公論新社 事業戦略局宣伝部

(人文学部29回 平成9年 言語文化学科卒)

演 題  「ないものは作る、あるものは変える」

 

 

 こんにちは。中央公論新社という出版社で働いております名倉宏美と申します。どうぞよろしくお願いします。去年までは入社以来十数年ずっと編集部に所属し、文芸の編集を担当していました。今日の講義の演題は「ないものは作る、あるものを変える」です。抽象的な演題ですが、振り返ると私の人生のテーマはこのひと言に尽きます。皆様にも充実感あふれる大学生活を送ってもらいたいという気持ちを込めてこの演題にしました。

 

 

プロフィール-大学3年の頃は就職氷河期~静大から獣医学部に編入

 まずプロフィールです。私は1974年浜松市生まれ。皆さんのお父さん、お母さんに近い年齢かもしれません。1993年に静岡大学人文学部言語文化学科に入学しました。私の経歴は変わっていまして静大卒業後、学士編入で麻布大学獣医学部に2次時編入しています。静岡大学時代は日本アジア言語文化コースで小二田誠二先生のゼミに入り、江戸時代の占い本の研究などをしていました。人文祭や自治会活動にも参加していました。

 

 皆さんはこれから2年、3年後、就職活動をすると思います。1995年、私が大学3年の頃は就職氷河期。いわゆるロストジェネレーション世代とされ、バブル崩壊後の「失われた10年」に社会に出たため、非常に世の中不景気で就職なんてないよと言われていました。そこで私は考えたのです。皆さんは就職について考えていますか。もう行ってみたい業界とかありますか。既に考えている人は手を挙げてください。チラホラですね。恥ずかしそうな感じですね。ありがとうございます。

 

子どもの頃からずっと教員志望-そもそも就職って何だろう?

 実は、私は小中高校、大学までは先生になりたいと思っていました。小学生の時から国語の先生に憧れていました。先生になるにはどうしたらよいか考え続け、先生になれなかったら人生終わりだとも。私は浜松市出身ですので、県内で先生になるには静大だろうと思って静大に入り、大学1年では教員採用試験を受けるつもりでした。でも、大学3年になって大学院に行こうと思い始めたのです。もっと学問を追究したい、より良い国語の先生を目指したいと。ただ、いろいろと考えてみると、大学院に進んだら、先生以外につぶしがきかない。国語のスペシャリストになっても、もし先生になれなかったら何年も大学に行っていた人間を喜んで雇ってくれるところがあるのだろうか。そこで自分が目指すものは何だろう、そもそも就職って何だろうとしみじみ考えました。

  

今、手元にある武器は?-自分の売りは何か!

 私は先生になりたいだけあって教育には興味があった。でも社会貢献したいという人間ではなかったのです。自分が接する半径何メートルかの家族、友人、教え子たちが幸せにできればいいなぁぐらいに思っていました。私のやることで社会を変えたい、社会に一石を投じたいというのは全然なかった。新しいことを学ぶのは好きなので、何か新しいものを掘り下げるために大学院に進むのか、あるいは教員採用試験を受けるのか、または他の選択肢があるのか、どれを選ぶのが良いのか迷っているうちに、今、手元にある自分の武器は何だろう、自分が売りにできるのは何だろうと思うようになりました。武器と言っても実際持って戦う訳ではないのですけど、就職活動に役立つものは何かと考えました。社会に出て自分が売りにできるものは何かと。

 

ないものはつくれ-うちの家訓~遠回りでも視野を広げよ!

 皆さん、これだけは人には負けないというものはありますか。私にはあまりなかった。私は浜松の町工場の娘です。父はないものはつくれというという主義で、うちの家訓でした。工場で何でも作る。「もったいない」の精神ですね。例えば大学で休講がある。嬉しいですか? 私は損した、と思う人間でした。学費を払っているんだから、と。講義のコマをフルに入れるような、意外とまじめな人間で。成績はまあまあ。それで、「武器」の話ですね。センター試験では生物は得意だった、動物も好き、大学院に行くつもりでアルバイトで貯めていた小金もあったことなどを考えると、大学院に進学するほかに学士編入する、もう一つ大学に行く手もあるなと思いました。うちの両親はお金を使う時はスポンサーを説得しなさいという方針だったので、私は親を説得するためいかに学士編入すると親にメリットがあるか、巻物のような長い手紙を書きました。今思うと恥ずかしいのですが。

 

この写真を見てください。親を説得するに当たって展開した私の持論です。左が高層ビル、右がすそ野の広いなだらかな山。ビルは敷地の広さを上限に、真上に伸びていかなくてはならない。裾野が広ければ、先細りになってもより高いところまで伸びることができる……可能性がある。違う学問をやらせてつぶしの利く娘を育成することで、安定的な将来を獲得できる……かもしれない。周りを広げることで、それまでより高いところまで行ける。これはいろいろなことにも当てはめられると思います。どの授業を取るか、どんな人と付き合うか、就職先を選ぶ時などにも、そのまま上に伸びていく選択肢だけでなく、ちょっと遠回りになるかもしれませんが、視野を広げられる選択肢がないか、いつも気にしてみてください。

 

 ということで、私はこういう選択をしました。今でもこれが正しかったのかは分かりませんが、後悔はしていません。大学に入ると、同じぐらいの学力の人が似たような目標を持って勉強するわけですが、行けなかった第一希望の大学のことを思い出して自己嫌悪したり、他の人より自分が劣っているのではないかと気にしたりする必要はないと思います。それは例えば、子どもが言葉を覚えるのが12年違っていても最終的にはしゃべれるようになるのと似ていて、歩き続ければいずれ、ある程度の高さまでは登れるはずだからです。ただ、昨日の自分、去年の自分と今の自分を比べてみるのは大事です。過去の自分に照らして恥ずかしい思いはしてほしくないと思います。後悔のない選択をしてください。

 

 ともあれ、私は麻布大学獣医学部に編入しました。獣医になるつもりはなかったので、動物応用学科に入り、今は亡き、横浜動物園ズーラシアの元園長で、女性で初めて上野動物園の園長を務めた増井光子教授の動物人間関係学研究室で、アニマルセラピーの研究などをしていました。いわゆる動物介在療法で、例えば乗馬をすることで半身麻痺の子どものリハビリが劇的に進むとか、ホームでネコを飼うことでお年寄りの認知症が改善する、というようなことです。隣の研究室で飼育していたヤギの群れが柵から逃げだして駐車場の植え込みを食い荒らしているのを見つけて大騒ぎになったり、研究室の木曽馬が腸捻転の危機に瀕し、横にしないため手綱をひいて夜通し馬場をぐるぐる回ったり、手先が器用なのを重宝されてあちこちの解剖を手伝ったり、貴重な体験を数多くしました。

 

麻布大3年-さらに就職超氷河期

 大学に二つ行けば、少しは景気が上向きになっているだろうと思っていたのに、3年になってもまだ不景気真最中でした。就職「超」氷河期とか言われて、周りの先輩たちも非常に困っていました。「需要がない」「必要とされていない」という感覚は、本当につらいものです。そこで、また考えました。社会に出るにあたって、自分に求められているのは何なのか。皆さんもこの先、いろいろ考えるでしょう。その業界の知識なのか、営業力なのか、アイデアなのか。ひるがえって、自分の人生は就職先がすべてなのか。就職に自己実現を重ねて悶々とするのは、学生らしい悩みで嫌いじゃないんですが、それは重要ではありません。むしろ自分の夢や憧れを就職先に向けるのは危険だと思います。好きな仕事、望んだ通りの仕事ができるのは、ラッキーなほんの一握りの人たちである、と考えましょう。もちろん、そこを目指すのもアリですが、就職がうまくいかなければ人生は終わりかというそうではありませんからね。有名な会社だから、憧れの職種だから、社会貢献したいから、英語が好きだから、就職先を選ぶには、いろんなポイントがありますよね。どれを優先したいか考えて、その上で自分にとって仕事とは何か、あらためて考えてみましょう。学生の時とは違って、社会人になったら給料で生活していかなければならないし、遊んで稼げる仕事なんか滅多にない。でも、どうせ働くなら楽しい方がいい。やりがいゼロでは困る、せっかくなら興味のある業界に行きたい……少しずつ絞っていけばいいんです。

 

需要がないなら、つくればいい

 今は私は、採用に携わる立場にいますが、率直に言って、よほどのことがない限り採用試験を受けに来た学生に接して即「まさにあなたみたいな人材を求めていた!」なんてことにはなりません。そもそも大学出たての人間が持っているスキルなどあてにしていません。大学在学中に同時通訳のバイトで首脳会議を担当したとか、自分の研究成果がNASAで採用されたとか、そういうのは別格ですが……。新卒で採る時、見ようとするのは「伸びしろ」です。出来上がっちゃってる人を採っても、それ以上伸びない。出版社の面接では、学生はがんばって「こういう企画をしたい」とか言ってくれますけど、現場を知らない提案はだいたいトンチンカンなんですよね。それがダメ、というのではなくて、会社側は「できる人材」と同じくらい「一緒に働きたい人材」を求めている、ということを覚えておいてください。「この人はできるな」と唸らせることは難しくても、「この人と一緒に働いてみたいな」と思わせることは、できそうじゃありませんか? 自分が会社にとって「ほしい人材」でないのなら、「ほしくなる人材」になればいいのです。需要がないところにはつくるしかありません。

中央公論新社に入社-「ラクレ」創刊チームに配属
 私が勤めているのは中央公論新社という出版社です。講談社や集英社といった大規模な出版社ではなく、いわゆる中堅です。ただ、創業は1886年、日本で最も古い雑誌「中央公論」を刊行している出版社です。雑誌「婦人公論」、中公新書、中公新書ラクレという新書のレーベルも持っています。実は「中公新書ラクレ」は私が命名者なんです。入社していきなり新書の新レーベル準備室に配属され、右も左も分からない中で新しい新書の名前を考えるように言われました。部長が張り切って考えてきた候補はアネックスとかロゴスとかで、新入社員なりにこれはなんとか違う名前にしなければならないと思いまして(笑)、商品名はカタカナ3文字がいいらしい、外国語に由来があるのがいいのではとか色々調べて、静大時代にかじったフランス語の辞書を頭から読んで、いい感じの言葉を探しました。ラクレとは「鍵」という意味です。「時代を拓くカギ」とか、後から理由をこじつけて、初めて企画書らしきものを書いたのがこの時でした。


文芸編集部に異動
 3年新書の編集部にいて、突然文芸に行けと言われて、そこから10年。文芸は、いわゆる小説です。北方謙三さん、京極夏彦さん、森博嗣さん、重松清さん、宮部みゆきさんなど、多くの作家さんを担当しました。編集者というのは、作家さんに原稿を依頼して、いただいた原稿を本にするのが仕事です。こういうテーマでこういう原稿書きませんかと提案することはあっても、記者ではないので、自分では書きません。「仕事」はB to CB to Bとに分類できます。B to CBusiness to ConsumerB to B Business to Business 。消費者を相手にするか、企業を相手にするかです。小売店などはB to C、商社とか代理店なんかは B to B 。出版社は読者を相手にしていると思えばB to C、書店を相手にしていると考えればB to B かな、と思いますが、編集者に限っては、いわば B to Aです。Business to Authorです(笑)。作家先生が書いてくれなければ本も出ません。本が出なければ商売にならない。だからあの手この手を使って作家先生に書いてもらいます。非常にストレスがたまりますので、お勧めしない仕事です。あ、もちろん半分は冗談ですよ。

新設の宣伝部に異動
 このように文芸編集の仕事に10年以上携わっていましたが、突然、宣伝部に異動になりました。事業戦略局というものが新設されまして、そこに放り込まれた感じです。宣伝部は文字通り本を宣伝して売る仕事ですが、営業部のように書店さんを回って本を置いてくださいとお願いするわけではありません。お金を払って新聞や雑誌広告を出す仕事です。どういう作品をどういう広告にして、どういう割合で新聞や雑誌に出すかを考えます。それから、中央公論新社には広報部がないので、今のところ広報の仕事も担当しています。ちなみに宣伝部は、実働部員が3人しかいません。部長はいるのですけども、一人は渉外、新聞社と広告料金などの交渉をする人です。広告を作る作業を私がして、もう1人は事務的な業務をお願いしています。
 新刊広告って皆さん見たことありますか。そもそもまず、新聞をとっている人はいますか。(少ない反応を見て)とってないよね。スマホやラインニュースがあれば新聞はいらないものね。実際データでもそう出ていて、新聞広告はある一定以上の年齢の人達は非常に良く見ていますが、若い人は少ない。ですから若い人に向けた書籍の新聞広告を出すことは、ほとんどありません。まさにデータを裏付ける実態を目の当たりにしてちょっと凹んでます。

この新聞広告を見てください。ウッチャンナンチャンのウッチャン、内村さんが書いた『金メダル男』という小説の文庫本です。この広告をスポーツ新聞に出しました。しかも体操競技の決勝のある翌日の、スポーツ面に出してほしいと指定しました。結果、体操記事の下に広告が出て、見栄えのある広告になりました。特に報知新聞は狙い通り「内村優勝」という記事が真上に来て、見出しの文字の色も見事にかぶって。これは社長賞だと部内で盛り上がりました。実際はもらえなかったんですけど、ツイッターなどでは面白いと話題になりました。今まで中央公論新社はこういう広告の出し方はしませんでしたが、結果オーライで、この本はかなり売れました。

 これまで会社がやらなかったことを臆面もなくやることが私にできること、私に求められていることだと思います。中央公論新社は古い会社です。伝統があります。私の同期は3人いて、出版関連のバイトをしていた東大生、阪大の新聞部長、そしてなぜか静大から獣医大に入った私。明らかに私だけ出走枠が違う。会社が私に求めているものはこれまで通りの社風を維持することではなさそうだな、とさすがに鈍い私でも理解しています。この一年でも、新聞広告の打ち方を変えてみたり、地方紙に「ご当地広告」を積極的に出したりしてきました。放っておいても100万部売れる本はある。でも、広告を出すことによってはじめて100万部売れる本もあるはず。それを目指したいと思っています。

 

名倉流、中公新書「応仁の乱」の売り込み方-「正気ですか?」

最近の仕事ですけども、皆さん『応仁の乱』って書店で見たことありますか。去年の8月に刊行された渋い、結構骨太な新書です。あ、皆さん、「中公新書」は知っていますか。知っている人?――半分くらいかな。少し安心しました。大学生の入門書として読まれることも多いレーベルです。テーマごとに読め、専門的な論文でなく、極力分かりやすく書かれていますが、主に大学の先生が書かれるものなので堅いことは堅い。ご多分に漏れず応仁の乱もガッチリ書き込まれています。「応仁の乱」そのものが複雑なので、流し読みしているとあっという間にこんがらがってしまいます。

 

応仁の乱について、これが毎日と読売新聞の全国紙に出した最初の広告です。「新進気鋭の歴史学者が日本史上屈指の難しいテーマに敢然と挑んだ」。堅い中公新書では、普通に作ればこういう広告になる。先生に腕組みはしてもらいましたが。それで、次にこういう広告を出しました。「気鋭の歴史学者が、日本史上類のない地味すぎる大乱にわざわざ取り組んで、話題沸騰!!」――担当編集者には「正気ですか?」と真顔で言われたけど、「関西人はシャレが分かるはずなんで、まずは関西版に出しましょう」と押し切って、ネットで話題になったのと、関西の書店の売り上げが伸びたのを見て、全国版にも(笑)。こういうコピーも出しました。「1分間に大体1冊売れております」。書籍ではほとんどないコピーですが、計算するとそういう週があったので、やっちゃえ!と。

「ズルズル11年」「スター不在」「勝者なし」。「知名度はバツグンなだけにかえって残念」。この「自虐広告」がツイッターを中心に話題になり、それまでの4万部弱からあっという間に8.8万部まで伸びて、一気に10万部まで売れました。「地味すぎる大乱」というキャッチコピーは、NHK の番組や BS の歴史番組でも使われ、どうしてこういう仕掛けをしようと思ったのか、と雑誌の取材も受けました。この新書はまだ売れていて、50万部近くまで伸びています。 

 

抜け道、裏口を探せ!

とはいえ私は悪ふざけがしたいわけではありません。いつも私なりに、最適なやり方を考えています。そのためには固定観念や前例にとらわれない。就活もそうですけれども、前の人の真似をしてもそれ以上のことは絶対できません。それを参考にしてうまく利用しつつ、何かオリジナルに「見える」ものを作り出していく。常に抜け道や裏口を見つけようとしているのが最近の私です。今仕掛けているのは「老後」がテーマの本です。『定年後』人生は後半戦から勝負という50歳からの生き方、終わり方を示す非常に前向きな本ですが、今の売り方はこんな形です。「定年後の日本人男性の8割が悲惨」。悲惨になって途方に暮れるその前に準備しておきましょう、と。一方で『孤独のすすめ』は、老いを受け容れてあるがままに過ごしましょうというもの。イキイキ活躍を目指す定年後、ゆうゆうと隠居を楽しむ定年後、どちらを選ぶかはあなた次第、という感じで、並べて売り込んでいます。ちなみに今は『定年後』が25万部、『孤独のすすめ』が30万部。皆さん今は実感がないと思いますけど、身近に関係する方がいらっしゃればぜひお勧めください。

 

最近はこういうこともやっています。池井戸潤さんの『花咲舞が黙っていない』というのはうちの文庫ですけども、文藝春秋の文春文庫から『銀翼のイカロス』が同時に刊行されました。半沢直樹シリーズ、ご存じでしょうか。花咲舞のほうも、杏さん主演でドラマ化された人気作です。そこで、文春さんに相談し、タイアップ広告出しています。今までほとんど例がなかったことです。キャンペーンのプレゼントも豪華ですので、皆さん店頭で見かけたらぜひ手に取って下さい。ちなみにプレゼントは、私の好みを反映してマニアックなものです。

 

大学生でいる時間=「商品力」を高めるチャンス
 いろいろ話してきましたが、私が就職活動をするにあたって非常に役立ったのはやっぱり大学時代での経験です。就職活動は自分という商品を高めるゲームだと思ってもいいかもしれません。不謹慎ですか?でも、それくらいに考えたほうが、精神衛生上、いいですよ。採用担当者にこの人がほしいと思わせられれば就職できる。嘘はいけませんが、盛るくらいならアリ。だまし切れば勝ちぐらいに考えた方がいい。そして大学生でいる時間は商品力を高めるチャンスと思ってください。大学で学んだことは決して無駄ではありません。wikipedia やツイッター検索で出


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-04-11 15:20:44 (36 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第2回

 

日 時  20171016日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 静岡キャンパス  共通教室B501

受講生  80

講 師  木下 学   ㈱ベネッセコーポレーション

(人文29回 平成9年 言語文化学科卒) 

演 題  『これからの学びを創造する』
~「まなぶとはたらく」を未来へ~
 

 

みなさん、こんにちは。ベネッセコーポレーションの木下学です。29回卒、言語文化学科比較言語文化コースの卒業です。

 

今日はガイダンスの後の講義ということで「過去は変えることはできない。未来をどう作っていくのか?という話をしていきます。私はいままでの連携講座ではプリントを配布してきましたが、今回からプリントの配布をしません。ちょっと親切ではないかもしれませんが、皆さんが必要だと思ったらメモを取ってください。

 

私は今の会社が2社目です。1社目、つまり静岡大学を卒業したときは積水ハウスに勤め、2004年に円満退社をして、現在も働いているベネッセコーポレーションに転職しました。ベネッセでのこれまでの業務は、エリアでのマーケティング、カード事業、NPOへの出向、人財部で海外人事のサポート、そして中高領域に対する学校を通した学力向上、ICT支援などを行っています。

1社目と2社目で共通の事項があります。一つ目は、私は基本おせっかいな気質で、人との人生や節目に関わる仕事に就きたいということでした。その中でも、私は緩い目標や雰囲気の中で働くより、厳しい目標や挑戦もある環境で働く会社もほうが向いているし、自分を磨くことができると思っています。

二つ目は、社名で呼ばれるよりも、「ベネッセの木下」とか「木下」と呼ばれる仕事がしたかった、ということです。学生時代から個人の力が問われるコンサルティング、営業をしたいと思っていました。「木下でなければここまでやれなかった」といっていただけたり、社名よりも名前で呼んでいただける機会が増え、そういったとき自分が仕事をしている使命、やりがいを感じています。そのために自分を律していかねばと思い、特に人との関わり方として、学生時代からいろんな方々とのご縁は大切にし続けています。

三つ目は、後悔をしない仕事をするということです。人生は一度きりだからこそ、自分がどこかで役立っている、繋がっているという思いを持ちたいと、社会のために貢献する、創造することができるという仕事をしています。そのため、当時からリーディングカンパニーに行きたいと思って周りには宣言していました。業界でこの分野では特に優れている、他の追従を許さない、ということは何か理由がある、それを自分に引き寄せて徹底して分析したり、仮説を立てたりしました。世の中を支援しているという誇りと実績は大事にしています。

そして、四つ目は、理想に向かって猛進するということです。大学時代には、1社目の会社に決めるにあたって、先輩OBや社員の方に、会社が掲げている「人間愛」という理念がどう現場に浸透しているかを聞きに行きました。足蹴にせず、丁寧にお話しくださったこと、風通しの良いところこともあって入社を決めました。今の会社は、選考のディスカッションの中で「この人たちと仕事をしたい」という気持ちを強く持ちました。

仕事を決める共通点としては、働くこととは、それぞれの人生の中で自分らしく生きていくという価値を作ることであり、自分らしさを作り出すことかもしれません。これを、今日の皆さんへのメッセージにしたいと思います。

 

さて、私の現在の仕事について触れていきます。

2020年には大学入試や高校入試が大きく変わります。まず大学入試が先行して変わっていきます。私たちはこれに照準を合わせて、学校に対しての情報やサービス提供を行っています。皆さんは、この大きな教育改革の端境にいるわけです。たとえば、みなさんは高校では英語は3技能で学んできたわけですが、これに4つ目の技能としてスピーキングが加わり、受験形式が変わっていきます。センター入試、一般入試、推薦入試、AO入試も、小論文や集団討論、プレゼンテーションで自分のプロセスと実績も学力とともに評価する形式に変わっていきます。これらの動きに学校の先生が対応していくことは大変なことだと思います。今でも、先生方は朝から夜遅くまで、多くの仕事に忙殺されています。このような状況に少しでもお役に立ちたいと思っています。

これまでは筆記中心の入試でしたが、これからは、学校でどのような学びを提供し、どのように階段状に積み上げていくのかということになります。調査書にはこれからはこれが高校1年の段階から必要になってきます。

 

また、海外ではすでに起こってきていることですが、AI(人工知能)が人間の仕事を奪っていく、とも言われています。たとえば、タクシー運転手、銀行の窓口業務、法律事務所の事務作業など、置き換えができる仕事、自動化が出来るとされています。これからは、人間は置き換えができない仕事に携わる必要性が生じます。

 

みなさんは、何を知っているの、何ができるのかは経験済みでわかっています。これからは知っていることをどのように活用するのかを意識していくことが大事です。一方通行から、心の中で思っていることを相互交換しながら教育ができたらさらに盛り上がります。高校でも学力の3要素をどのようにすればいいのかが検討されています。実際には2018年度に高校1年になる人から変わってきます。今の中学3年生が世の中に出てくるときに、この変化に対応する力がないと、先輩としてやりづらくなってきます。

思考して、考えて判断しそれをいかに表現できるかどうか、皆さんは端境の年代として、それを意識していくとよいかもしれません。

 

私は、日常の仕事で、学校の先生の研修も行っていて、本年は100校位を訪れています。さらに、自分の母校である高校の先生方に研修を行っています。私学なので、当時自分が学んだ先生が1/3くらいいます。また、静大の人文や工学部の教授の方にも研修を行なったことがあり、静大はもっと戦略をもったほうがよい、というアドバイスもしましたし、教授会に呼ばれたこともあります。ベネッセの講演や、学校に行っての支援の講座も行っています。

そんな中で、山梨県の高校の先生方の集まりの席で「ベネッセの木下は頑張っている」と話が出ていたことを教えてくださったときは嬉しくなりました。私自身は、これからも世の中を、地域を支える仕事をしようと思っています。

 

学生時代に得た知識や経験を、仕事でいかに活用していくのか、についてですが、私のいた言語文化は当時、女子8割、男子2割で、文学を学んだ男子が少なかった印象があります。つぶしが効くから、工学部や経済学部というのはいまいちしっくりこないように思っていました。私は、文学や文化を通じて人間の本質を知りたいと思っていました。学生時代から幅広い学びに興味があり

児童文学や絵本にも興味を持っていました。今から5年前、社内で行われたコンペでお名前入り絵本という企画が事業化し、グランプリを受賞しました。世の中の人がブログなどで感想を書いてくださっているのを目にしたとき、胸が張れる作品になったように思いますし、少しは言語文化卒である意味を自分の人生の中で創ることができたようにも思います。

 

 

静大生のお話をすると、学内で不満に思うこと、例えば校舎や設備などの環境のことも含めて、学生および先生からアンケートをとったことがあります。学生は先生をどう見ているのか、先生は学生をどう見ているのかという内容です。その後、大学では授業アンケートというのが定例化したそうです。私はおせっかいなことをするのが好きで、思っていることを周りに伝えてしまった方がいいと思っています。アドラー心理「嫌われる勇気」をもって進みたいと思っています。ここまでは、私の仕事の断片について話をしました。

 

はっきり申し上げて、静大生は主体性が弱い傾向があるように思います。受け身で授業に対応している人が多い。しかし、指示がなくても自分で考えたことを実行していくことで、可能性は無限大にできます。社会に出ると、会社や家族など責任や見られ方が付きまとってきて、はみ出した動きができないケースが出てきます。大学時代には、このような束縛も少なく、経験を積むことができます。「経験をすること」を感じ取ってください。

また、「資産」を持つことです。これは主体性のある行動やディスカッション、資料まとめができることなどで培われるものです。自信を持てば意欲が出てきます。皆さんはツールやプレゼンテーションは十分にできます。周りに自分を自慢してみることも大事です。自分の人生を変えるきっかけの経験をしてください。今なら失敗しても大きい事故にはならなく、許されることが多くあります、主体的なところを引き出した方がいいです。

 

全体のまとめとして・・・

  自分から動くこと。今の私の話を全部理解できなくてもいいが、どこかでわかってくれたらありがたいと思います。

  お互いが何を考えているのかを話し合う、アウトプットの体験をしていただきます。ふだんできていないことを話し合うことにします。

 

【ワークショップを実施】・・・内容は省略

 

学生時代はお金を払って授業を受けています。今、この時も、実は無料ではなく、有料の時間が過ぎています。そのお金は、親御さんの仕送りや奨学金です。社会人になると、自分で都度お金を払って学びに行かなければなりません。興味を持っていること、やりたいことを掛け合わせて、やってみましょう。出口=卒業から逆算し、学生生活でやるべきことを設計することが必要なのかもしれません。一般的に積み上げ式が多い大学生活ですが、最後にできなかった、で終わってしまう可能性があります。自分探しをしても出会えない、というのが私の考え方です。今の自分を創り、自分を育ててください。知識、スキルと経験は自らを育ててくれます。キャリアアップのための言葉として受け取ってくれたらありがたいです。

 

 私はこの連携講座の最終回の担当もしますが、そのときのタネを作るために考えてみました。筆記用具だけを持って6人でグループを作って話し合いをしていただきます。グループは学科や友人関係とは切り離して組んでください。それは新しい出会いを作ってほしいからです。

 

【・・・それぞれグループを作ったうえで・・・】

各グループで、学科、学年などの情報交換を始めてください。15回目の最後の講義では、このチームで集まりますので、今からチーム名も決めてください。そして「チーム〇〇、いいアウトプットをするぞ!!」と宣言してください。これから15回の連携講座を行っていきますが、最終回の講義の時によかったと思うために、大切にしていきたい自分たちのチームの目標を、5分間話し合って決めてください。そして、各自がその目標を記入しておいてください。

【・・・記入後に、学生3人に感想を聞いた・・・】

 

 

結びに・・・

 

私は人生を振り返って、静大卒でよかったと思っています。自らの学びを創りあげられる、これが言語文化で学べた幸せでしたし、人の心もあたたかい静岡で学び、4年間で得た財産はいまでも大切な宝物です。後悔はしない、この場所にいた意味を作ることが大事なのかもしれません。ここ、静大にいたことを振り返ることができる人生にしていってください。今のうちからトレーニングし、自分のために、そして、誰かのために、という広がる発想を持ってください。仕事も世の中の誰かを応援することであり、その成果と報酬を得て、自分が感謝されると自己肯定感が高まるもののように思えます。それぞれの人生の中で、静大に入学して卒業したことを意味あることといえることは素敵なことだと思います。

 

「決断を正解にしよう」・・・自らが宣言したことを自分が裏切るのは、心の中では一番辛いことです。いろいろに静大生にうかがって思うことは、静大は必ずしも親切ではない。言い換えれば、皆さんが自分から歩み寄ることが必要です。不満足な点は意見を言ってもいいでしょう。学生の反応によって先生方も学生の変化を知ることになるはずだからです。もったいないのは、不満に思いながら何となく過ごすこと。これはもったいないです。静大をセンター試験の結果で入ったという人に伝えたいのは、これまでみなさんを応援してくれた先生や家族とのつながりがあってこそ、静大に入ったことを思い出してください。静大という“バス停”から次にどこに行くのかを考えるためにも、残りの連携講座で聞くことができる先輩たちの体験やメッセージです。皆さんとは最後の会でそれを共有できればうれしいと思っています。

 

 静大で過ごす時間は、かけがえのない時間です。ちょっとすれ違った人、初めて出会った人とのその後のコミュニケーションを大切にしてください。それがこの講座を8年間岳陵会が継続してきたことの意義だと思います。繰り返しになりますが、学生生活を卒業から逆算して、あと何日、残りの日々をどう過ごすのかを考えてモチベーションを上げてみましょう。

 

人生は一度きりです。定年坂という急な坂を毎日登っているキミたちは頑張っている人たちです。眼下に広がる自然豊かな風景を見てキャンパスに登り、何かを学んですがすがしい気持ちでキャンパスを下ってくれることを願っています。

最後に、「人生は人によって磨かれる」という言葉を贈ります。私が仕事をしている中でいただいたメッセージです。後輩である皆さんが、多くのご縁に恵まれ、静大でよかったと思える学生生活、人生を過ごしてくれることを願っています。ご清聴ありがとうございました。また、最終回でお会いしましょう。

 

(文:岳陵会副会長 祐嶋繁一 人文4回 法卒) 

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2018-04-09 13:55:13 (35 ヒット)

平成29年度 静岡大学岳陵会 連携講座 第1回

(ガイダンス)

 

日 時  2017102日(月)1425分~1550

会 場  静岡大学 共通教育B501

受講生  80

 

 

1.授業ガイダンス

今年度連携講座担当の高瀬浩二教授より、授業についてのガイダンスが行われた。

 

(1)授業の目標(シラバスより)

  主体的にキャリアを切り拓くために、さまざまな仕事人の具体例を学びながら、学生生活における具体的な取り組みと目標を決め、充実した人生を構築するための力を養う。

(2)学習内容

  静岡大学の先輩である、静岡大学岳陵会(文理・人文・人文社会科学部同窓会)のメンバーが毎回1名ずつ講師を務める。実際の社会経験や企業の状況、現在の大学生に何が必要とされているのかを、仕事人としての立場から論じる。

また、大学時代にどういった力を育むことが望ましいかを、卒業生という立場から講義したり、実践的な課題やワークに取り組む。最終的な目標として、能動的にキャリアを形成するための素養と充実した大学生活を送るための力を身につけることを目指す。

(3)各回の講演内容と受講者の目標

 「学生生活とキャリア」というイメージで自由にお話しいただく。ただし下記を盛り込んでいただく。

  ①どうして今の仕事に就いたのですか?

  ②学生生活で得た知識や経験はどのように仕事に活かされていますか?

  ③社会人としてどのような資質が必要だと考えますか?

 

  これから「キャリアってなに?」「キャリア形成って何をすれば?」「迷い・悩みってなかった?」「そもそも、仕事ってなに?」・・・などなどのイメージをつかむことができれば、この授業は成功です。

  この講義では、「その道のプロ」の人物そのものを見て、声を聞いて、何かを感じ取り、自ら考える力をつけてもらいたい。

 

2.静岡大学岳陵会 海野徹会長より

 

 皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました、岳陵会会長の海野徹です。

皆さんは、今何をやったらいいいか悩んでいる時ではないかと思います。しかし、私は迷いませんでした。高校時代、日本書紀を読んで「慶を積み、暉を重ね、正しきを養う」という言葉に感銘を受け、政治家への道を目指そうと決意し、大学を選びました。政治の道に進もうと思うならば経済を知っていなければと、法律経済学科で経営学を学びました。目標は決まっていましたから。

 

学生時代は、硬式野球部でキャプテンを務め全日本大会への出場に貢献しました。当時、部員は17名。この人数で全日本出場を目指していましたから、毎日相当ハードな練習をしていました。卒業後は金融機関に入り、そこで金融の現状を学んでから政治の道へと進み、参議院議員で終わりました。

 

さて、同窓会とはなんでしょうか。皆さん、名前だけは知っていると思いますがよくわからないでしょう。語源はもともと中国の故事からきています。蛍雪の明かりを窓からとって勉学に勤しんだ、そういう苦労して勉強した場(窓)を同じくする仲間の会という意味です。勉強は大変だと思いますが、ただ単位をとるためではなく、真剣に取り組み苦労して身につけてほしいと思います。

 

21世紀は感性全開の時代、個の確立、自己責任で生きていかなければならない世紀だと思っています。今世界ではいろいろなことが起こっています。色々な情報が入ってきます。皆さんはこの情報を分析し、対応していかなくてはなりません。学生の皆さんの三種の神器は、愛嬌・分析力・想像力です。愛嬌とは、外見的なものを含めた人間性・人柄。分析力とは、色々な出来事を整理整頓すること。そうすると真実に近いものが分かるはずです。想像力とは、色々な出来事が周辺や今後にどんな影響を及ぼすか、その時に自分の言動がどう影響するか想像すること、自分はどうすべきか想像してみることです。この3つを高めていって下さい。

皆さんには、常に考えてほしい、色々なことを考えてほしいと思って今日ここに来ました。

 

ひとつ覚えておいてほしいことがあります。2022年、同窓会は100周年を迎えます。旧制静岡高等学校から、静岡大学文理学部、人文学部、そして人文社会科学部へと続いてきた、この歴史ある同窓会を誇りに思ってほしいと思います。そして、100周年の記念の年には、ぜひ協力して下さい。素晴らしい先輩がたくさん集まります。こうした機会に積極的に同窓会活動に参加し、多くの方々と出会って欲しいと思います。

 

最後に、岳陵会には、多くの素晴らしい先輩方がたくさんいます。今回この講義にもいろいろな分野で活躍している先輩方がきて講義をしてくれます。せっかくの機会です。積極的に取り組んで、何かを学び取っていってください。

 

これで私の話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

 

(文:岳陵会事務局 有賀由紀子 人文28回 言語文化卒)