アーカイブ | RSS |
  
投稿者 : 事務局 投稿日時: 2019-12-25 10:46:44 (86 ヒット)

こんにちは! 静岡大学1963年卒業の大村春樹です。

 

 

YouTube の「われら若人」、岳陵会の「在学生からのお知らせ」(20191025日)を感慨深く拝見しました。 実は、私はこの歌が生まれた1962年の静大大学祭で工学部実行委員長を務めていましたので、とても懐かしくその当時を思い出しました。

 

今日はこの場をお借りして、当時の社会や学内状況を知っていただきながら、この歌が誕生した経緯をお話ししたいと思います。

 

学制改革により1949年静大が誕生して10年余が経っても、日本はまだ戦後の混乱期を抜け出しておらず、私達は新しい社会秩序と経済の早期振興に向けて足掻いていました。

 

1951年にサンフランシスコ講和条約が締結され、1953年に朝鮮戦争は休戦となったものの、1960年安保条約改定に絡み、日本の国防は如何にあるべきかで社会も騒然、学生達も立ち上がって、当時の日本社会は大きなうねりを迎えていました。

 

一方で、日本の経済発展のためには科学技術の振興が叫ばれて、大学と産業界が連携する「産学協同」で、大学と企業の共同研究、研究資金への援助、研究/技術者教育の促進などを推進し始めた頃ですが、成果の軍事技術への転用などが心配されていました。

 

当時、各大学では学生の自治意識が強く、静大も各学部に自治会があって、大学如何にあるべきか、学内の諸問題への取り組み、学生生活の充実などに向けての諸活動をしていました。しかし、静大の4つの学部(当時)は、静岡、浜松、磐田キャンパスに分かれていて、駅弁大学、タコ足大学と揶揄されていたのです。

 

1962年第13回 静大大学祭では、各学部に大学祭実行委員会が自治会主導で設立され、各学部の委員長が集まって、大学祭のあり方、骨子などを話し合うことから準備はスタートしました。

各学部の大学祭実行委員が集まって各々の考えるところを出し合って得た結論は、次のようなものでした。

 

4学部のキャンパスが地理的に離れていて、各学部が研究活動で協働することも難しく、また各学部の学生が気軽に交流して、お互いの考え方や知識を交換し合うことも容易ではない。

 

特に、これからの時代、学生は単なる専門性だけを追求するのではなく、より広い視野から自分のすべきこと、できることを考えて、勉学、研究することが望まれる。 このためには違った分野の人達との日ごろからの気軽な交流の機会が必要だと思う。

 

せめて、1年一回の大学祭には全学生が一堂に会し、時空を共有して同じ大学に学んでいることを実感し、出来ればその後、学生間でいろいろな交流ができるようにしていきたい。」 

 

そこで、大学祭実行委員会は「全学の集い」の実現可能性の検討に入りました。 各学部の大学祭の日程も揃える必要がありそうだ。 そしてその最終日が「全学の集い」には適していそうだ。全員が集まれる場所は何処か? そこまで参加者をどのようにして運ぶか? 集まって何をして一体感を出すかなどなど…。 

 

天候のことを考えると、何千人が集まれる場所は静岡の駿府会館(今はありません)しかなさそうだ。 浜松や磐田からの学生はバスを借りきるとしてその費用はどうするか? 学生の一体感を出すには何かが必要だ、そうだ全員でこれからも歌える学生歌などができたら良いだろう、全員で歌おう!  

 

そこで初めて大学側にも学生の真摯な気持ちを伝えて、その可能性を話し、協力を求めました。 大学側もその趣旨、実現提案に賛意を示してくれ、具体化することになりました。

 

こうして「われら若人」の歌が誕生することになったのです。

私は、公募により「嶋善ニ」さん作の歌詞が採用され、当時新進気鋭の作曲家だった石井歓さん(当時桐朋学園大学教授)に作曲を依頼するなどの作業にはあまり関わっておらず、細かい顛末は記憶していません。

 

私は工学部からの参加者をどうするかに頭を痛めていました。

何人が参加してくれるだろうか? バスは何台頼めば良いか?

バス代として皆からいくら出してもらえるか? 確か実際にはバスは17台、参加者全員から400円宛(当時生協の食事は190円)を頂いたと記憶しています。 

 

19621120日から始まった大学祭、工学部では学内を解放しての展示や各種イベントを行い、25日の大学祭最終日バスを連ねて静岡に揃って行き、駿府会館での「全学の集い」で「われら若人」を参加者全員で歌ったのは昨日のようです。

 

 当時の静大工学部男声合唱団のメンバーで同期の清水()氏、桂川氏などによれば、「全学の集い」での発表の何日か前に、文理学部、教育学部の静大グリークラブのメンバーと、合同で静岡に集まり「われら若人」を作曲した石井歓さんから特訓を受けたそうです。「石井先生に強く指導された記憶は鮮明です。そんな歌い方ではだめだと何回も歌い直された記憶です」と。 当時の皆さんは静大OBグリークラブのメンバーとして、今も「われら若人」を歌い続けて下さっています。  (完)

 

  当日の写真;島田氏と筆者 ()

 

 

(付録)「全学の集い」式次第 全ページ

          ⇒こちらから


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2019-12-03 14:43:34 (150 ヒット)

こんにちは、学生リポーターの佐々木です!この前は静大祭でしたね!芸人のEXITが来たりなかなか盛り上がったのではないでしょうか。僕自身土日開催の人文棟での岳陵会カフェに参加させてもらい、皆様と交流させていただきとても充実した時間を過ごさせていただきました。

 

そんな秋の静大の中で今回は、先日行われた静岡大学OBグリークラブの方達との「静岡大学学生歌VIDEO完成披露上映会」についてリポートさせていただきたいと思います。

 

遡ること8月、ビデオの撮影が進んでいる頃岳陵会の方より「OBグリークラブの方から今回のビデオの件を応援させていただきたいというメッセージをいただいた。」とのお話をいただきました。OBグリーの皆さんは2001年にそれ以前にあった静岡大学グリークラブのOBの方達で結成されたグループで、国内外問わずさまざまな場所を舞台に、男性合唱の力強い歌声を持ち味として活躍されています。先日もブルガリア遠征に行っていたとのお話を聞き、そのグループとしての力だけでなく行動力にも感銘を受けました。前回の記事に書いたとおり、今回は自分自身のチャレンジとしてグループとして活動する企画をしていたので、その一体感や意識的なつながりは見習わせていただきたいことが多かったです。

 

今回、長い歴史を持つ「われら若人」が学生の力で再び静岡大学の中で盛り上がりを見せている、とのお話を学生生活課の方からOBグリークラブの皆様にお伝えいただき、この会が実現することとなりました。編集は10月頃終了したのですが、それまでご配慮をしていただき、メールなどで応援を常にしていただきました。改めて感謝させていただきたいと思います。

 

そして11/1日金曜日、大学会館のホールを貸しきった上で今回の上映会が実現致しました。会場など急なお願いを快く受けていただいた学生生活課の方にも感謝したいと思います。まず当日驚いたのは、OBグリークラブの方約20名という人数に加えて学生歌の作詞者である高嶋善二さんに来ていただいたことです。当日まで僕たちメンバーは把握していなかったため、サプライズ的にお会いさせていただきました。半年間自分達が意味を皆で考え、企画として付き合っていた上に、長い歴史を持つ学生歌の作詞者ということで緊張しましたが、とても優しく接していただき、「またこの歌を広めてくれてありがとう」と素敵な笑顔で握手してくれたことは、この四年間の学生生活の一つのターニングポイントとなることでしょう。大変光栄な瞬間でした。

 

グリークラブやわれら若人の歴史を丁寧にPowerPointを用いた説明でお話していただいたあと、学生メンバーとOBグリークラブの皆さんあわせてわれら若人の合唱を行いました。やはり3分間という短い間でも、歌を歌うという行為が持つ繋がりの力は凄いなと感じる時間でした。きっと学生メンバーも恐縮しつつもそのパワーを感じてくれたのではないでしょうか。お昼ご飯もご馳走していただき、大変ありがたい上に、静大生としても勉強させていただくことも多かったです。

 

 OBグリークラブの皆さんと。

 

その後OBグリークラブの皆さんと大学学長室横の応接室で副学長の寺村さんへの「われら若人」の資料贈呈式に向かいました。学長応接室という普段立ち入らない場所に入るだけで足がすくむような緊張を感じた上、「佐々木君たちチームのおかげで、、」などとお話していただき、顔がひきつってしまっていたとは思いますが、とても貴重なお時間をいただきました。寄贈していただいた資料は資料館でいつでも閲覧可能になりますので、この記事を読んだりビデオを見て興味をもってくれた人は足をぜひ運んでみてください!

 

 

 学長室横応接室での贈呈式にて。

 

今回の会で感じたことは、僕達が色々な感情を胸に抱えながらも、さまざまな人に背中を押していただき、皆で一つ一つ場面を紡いで形にして来たことが別の繋がりを生んでくれた、という実感です。身の回りの人たちとアイデアを出し合い、丁寧に作ってきた作品をこうして迎えていただくのは感慨という言葉では表現しきれない喜びを感じました。学生達の企画のために日本全国から静岡大学に訪れていただき、恐縮な面もありつつ改めて襟を正すような気持ちを感じました。何十年という歴史をビデオというメディアで背負っている責任感からだと思います。現在ビデオはYouTubeで公開中ですので、ぜひ皆さんもご覧になって静岡大学のキャンパス間、歴史や仲間といったさまざまな繋がりをビデオから感じてみてください。

 

最後に、今回の上映会に参加した一部メンバーからその後感想を聞いてみたので、報告させていただきます!

 

○石山宙史○

 

学生歌がどのように作られたのかなど、とても貴重なお話を聞くことができました。この歌に込められた思いを感じながら、これからも歌い続けていきたいと思います。

 

○松澤千晶○

 

静岡大学の歴史を学生歌を通して学ぶことができて良かったです!

 

この会が今回だけでなく様々な形で別のつながりへと発展していくことが、動画企画を実行した我々の願いでもあります。これからの広がりを楽しみにしています!

 

改めまして、OBグリークラブの皆さん、今回は本当にありがとうございました。また別の繋がりをこの企画がこれから生んでいくことを切に願っております。

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2019-11-29 15:00:58 (92 ヒット)

みなさんこんにちは!

学生レポーターの鷲山です。

 

秋の息は短く、待ったなしで冬がやってきましたね。卒論の提出期限は来年1月10日なのですが、寒の到来と共に期限がひしひし接近してきていることを感じます。

卒論は段々形が見えてきました。どんなものが完成するのか、わくわくしながら作業を進行中!「会心の出来になりました!」とご報告できるように頑張ります。

 

 

さて

 

 

今回は前回の続きということで

 

 

緑ジャンパーの彼は誰なのか?の種明かし…

 

 

 

おなじみ岳陵会のジャンパーを着た彼は…

 

 

 

 

もう1人の学生レポーター、佐々木君でした!

笑顔でピース

 

 

偶然会うことができて、おたがいビックリしました。

少しお話をした後、佐々木君が岳陵会カフェの方へ案内してくれました。

 

入り口の看板

 

 

中にはこんな寄せ書きが!

 

 

せっかくの言葉が見えにくいですが、一部抜粋すると…

 

「今日初めて来ました。イベント面白いですね」

「2年ぶりに来ました」

「さくらコーラおいしかったです」

「また来年も来ます。ありがとうございました。楽しかったです。」

 

など、ご好評の声が多数よせられておりました。

 

 

その内の一つにこんなコメントが……

 

 

「人文のOBです。毎年楽しみにしております。「われら若人」です!」

 

 

そうなんです。

今回の記事のテーマの1つ「われら若人」!!

 

 

「われら若人」といえば佐々木君。

彼が何をやっているのか?

皆さまご周知の通りだとは思いますが、過去の記事を抜粋してきました。

 

新レポーターの佐々木勇輝です。」

http://e-gaku.org/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=738

 

ここ最近の活動

今現在取り組んでいる活動は、学生歌「われら若人」を学生が歌っているミュージックビデオを作る企画です。昨年夏に学生歌の存在を教えていただき、人言の同窓生の方の後押しもいただいた上で、この企画に挑戦することになりました。また、昨年度後期の岳陵会連携講座でこの歌の英訳に挑戦させていただきました。その活動の中、この歌は人文の先輩の方が作詞された歌詞であり、そこに込められた静岡大学や静岡という土地への思いを強く感じ、より多くの人に今の形で広げたいと思うようになりました。実は毎年入学式で流れている学生歌ですが、意外と今では知らない学生達も多いのです。具体的な歌の歴史はまたビデオが完成したら書こうと思いますが、実は何十年も前からこの大学に遺されている文化の一つです。これは我々にとっても貴重な財産です。人言の仲間を中心に20名弱の人数で現在は企画を進めています。撮影進捗は随時レポートしていきますので、完成したらぜひこの場でもシェアさせていただければと思います。

 

なんとも頼もしい!!

 

私も、岳陵会の総会に出させていただいたことがありますので、「われら若人」は知っていました。しかしそれがなければ知ることはなかったと思います。佐々木君が「毎年入学式で流れている学生歌ですが」と書いていますが、恥ずかしながら全く記憶に残っておらず……。

現役学生の記憶から失われつつある文化を、再び目に触れる形で復活させるというのは、大変意義のあることだなと思います。

 

 

そして、「われら若人」ミュージックビデオ完成後の記事がコチラ。

 

われら若人 企画の仲間たちとの出会い」

http://e-gaku.org/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=748

 

企画参加学生の皆さん、大変エネルギッシュ!

こんな方々の参加された動画は、きっと眩しいエネルギーに溢れていることでしょう。

 

岳陵会カフェでは、完成した動画が上映されていたそうです。

が、私は行くのが遅く、見ることができず……(残念)

 

ですが!

ありがたいことに、佐々木君が写真を送ってくれました。

 

 

なんともさわやかな画

 

 

 

ということで早速視聴!

既にご覧の方も多いと思いますが、YouTubeURLはコチラ!!

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

https://www.youtube.com/watch?v=LK60PeB74ag

 

やはり、眩しい!

背を向けた三人が歩き出し、画面が白くなっていく最後の場面は、未来に向かって歩いていく学生たちを暗示しているようですね。

図書館前や人文棟前など、馴染んでいる場所がいくつも映っていました。自分も卒業して何年か経ってから見たら、懐かしくなるのでしょう。

静岡大学混声合唱団の皆さんの歌声も素敵で、映像ともあいまって、キャンパス内の緑の濃さやその匂いを思い起こしました。

 

学生はもちろん、OBOGの方々にこそ見ていただきたいミュージックビデオだなと感じました。

自分も1年後にはOG。静大の友達と一緒に視聴して「懐かしいね」なんて言いながら思い出話をしたいです。

 

参加学生の皆さん、お疲れ様でした!佐々木君のこれからの記事も楽しみです。

 

 

それではまた!

 

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2019-11-18 11:04:37 (110 ヒット)

みなさんこんにちは!

学生レポーターの鷲山です。

 

富士山の雪化粧が着々と進み、冬まで待ったなしという感じですね。

新静岡セノバには、もう巨大なが!

ちょっと気が早いなあ…とも思いますが、あっという間にクリスマスになるんだろうなあとも思います。

 

 

さて

 

今回&次回は静大祭についてレポートしていきます!

 

 

私は16日㈯に遊びにいきました。

勉強もかねて朝から出陣。静大祭実行委員会だったため、お客として行くのは高校生のときぶり。

 

また図書館では、音楽ライブの音がよく聞こえてきていました。

前回レポートした方々の熱演の様子が、遠く離れていても伝わってきましたよ。実際に見たらもっとすごいんだろうなあと思いながら、本を読んでいました…。

 

 

こちら、分かりにくいですがメインステージの様子です。良いお天気。

 

お笑いライブの始まりを、今か今かと待ち受ける人でひしめいています…!

 

今年は図書館前や理学部棟が工事されている関係で、メインステージがいつもは野外第二ステージのある広場になっていました。

模擬店も「理学部棟前」と「メインステージ付近」の二か所に分かれていて新鮮でした。

食べた物の中で、個人的にはあげぱんがおいしかったです。

 

 

 

農学部の学祭・農学祭にも足を運び……

紅葉とできたばかりの校舎がまぶしいです

 

 

 

人文棟のキャンパスフェスタにも行ってきました!

 

 

 

こちらでは、おなじみ小二田先生(人文言語)の授業成果の展示がされていました。

 

私のお気に入りはこれ!

 

 

 

(授業の成果物じゃない…)

 

静岡ではかつて、オルゴールの生産が盛んだったそう。

こちらは昭和戦後のもので、上のディスクを変えると曲を変えることができるという楽しいオルゴールです。

 

そして、オルゴールの横に見えているのが、学生により作られた和綴じの本。(ついでのようになってしまいすみません…)

江戸時代の「くずし字」を現代語訳し、本にしたそうです。

なんとも楽しそうな授業ですね。

 

 

 

そしてこちらは、我らが中文言語文化コースの張先生が携わっておられる「毛毛園茶園」という中国語サークルの展示入り口。

 

 

鮮やかなの文字が中国らしいですね。

 

中に入ってみると…

 

 

がかわいい

 

 

「茶園」ということで、お茶をいくつか試飲させていただきました。

その中でびっくりしたのが苦丁茶(グーディンチャ)というお茶!

 

見た目は何の変哲もない緑茶なのですが(むしろ新茶のように鮮やかな色)

飲んでみると

 

 

途轍もなく苦い!!

 

 

舌から脳天にまで痺れがびりびりと駆け上がり、とてもお茶とは思えない刺激でした。

 

ですが二口目からは

 

 

…あれ

苦甘いぞ…?

 

とあの強烈な刺激が嘘のように消え、するすると飲めるようになります。

それでも癖はあるものの、漢方薬のような自然の味です。

 

この、「思わぬものとの遭遇」が可能だということが、中国のだいご味だと個人的には感じます。

長大な歴史と広大な国土を持つ国だからこそ可能な、文化や書物の膨大な蓄積。

授業を受けていても、思わず目を見張るようなことがたくさんありました。

 

 

 

驚くべきお茶に出会った後、日本のの展示が行われている教室へ

 

 

 

あれ?

 

凧に隠れた緑ジャンパーの彼はもしかして……?

 

 

こちらの「出会い」は次回の学生レポートにて!

 

それではまた!

 

 


投稿者 : 事務局 投稿日時: 2019-11-15 13:51:15 (114 ヒット)

みなさんこんにちは!

学生レポーターの鷲山です。

 

まさに今日、70回静大祭が行われています!

 

定年坂前にある手作りゲート

 

 

明日は前回の記事でお伝えした芸能人招待企画!

…ですがその記事に一部誤りがありましたので、訂正させていただきます。

 

声優の 関智一さんのトークショーですが

場所はメインステージ(晴)や大学会館(雨)ではなく、

共通教育B301(晴天、雨天共に)でございました。

お詫びして訂正いたします。大変失礼いたしました。

 

 

また、午前9時より、芸能人招待企画観覧のための整理券を配布するそうです

 

場所はこちら、共通教育B棟ピロティ

(赤まるで囲ってある場所になります)

 

 

定年坂をのぼり、デコレーションされた階段をのぼって左手にある所です。

 

音楽・お笑い・トークショー全ての整理券をここで配布するそうです。

 

音楽・お笑いは整理券がなくても見ることができるそうですが、トークショーは整理券がないと見ることができない…など諸注意がございますので、詳しくは以下のURLから「招待企画注意事項」をお読みください。

http://www.shizudaisai-jc.com/shotai.html

 

 

 

さて

 

 

 

今回の記事では、私の卒業論文についてお届けしていきたいと思います。

以前2度ほど記事にしている内容なのですが、調査が進むにつれ問題設定が細かくなり、以前お知らせしたものとは少し変わってきた…ということをご報告したいと思います。

 

(私が何を題材としているのか、ということはリンクにてご確認いただければと思います!)

「私の卒業論文」

http://e-gaku.org/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=746 

「私の卒業論文~卒論中間発表会」

http://e-gaku.org/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=749

 

 

まず、題目が変わり

「山梨岡神社の夔について」

とよりストレートになりました。

 

そして、固まってきた章立てがこちら!

 

はじめに

 

第一章 「夔」とは何か

 第一節 中国における「夔」

 第二節 山梨岡神社に祀られている「夔」

 

第二章 「夔」のおこり

 第一節 怪力乱神を語る徂徠   

 第二節 神社の俗

 

第三章 「夔」の広がり 

 第一節 妖怪ブーム

 第二節 流行神

 

おわりに

 

 

これだけお見せしても、なんのこっちゃという感じですが……。

 

全体の流れとしては、山梨岡神社に夔が祀られ、それが広がっていった様子を概観する、というイメージです。(また変わるかもしれませんが…)

以下、各章について少し説明を加えていきます。

 

 

 

第一章 「夔」とは何か」ではまず「夔」がどのような性格を有した「神」なのかということを説明していきます。

 

 

 

「第二章 「夔」のおこり」では、夔が「発見」された後、神社によって祀り上げられた状況について述べていく予定です。

 

これまで「山梨岡神社の夔」を専門的に取り扱った研究はほとんどありません。(もしあったら教えてください)

博物館で展示が行われたり、論文の中で少し触れられたりといったことはあるのですが、夔の「発見」に詳細に迫ったものは現在確認できていません。

そこに、微力ながらメスを入れられたら、というのがこの章になります。

 

 

 

「第三章 「夔」の広がり」で述べるのは、神社によって祀り上げられた後、夔の信仰が人々の間に広まっていったのはなぜか、ということについて。

 

夔は最初、大奥や御三家・御三卿などの権力層にお札を求められ、それから民衆の支持を集めるという流れをたどっていきます。

そのうち、民衆に受容された背景について、当時の「妖怪ブーム」や、様々な神が祀り上げ・祀り棄てを繰り返した「流行神」現象から紐解いていきます。

そして最終的には、「夔信仰は江戸時代の信仰現象のどこに位置づけることができるのか?」ということを明らかにしていきたいと思っています。

 

 

 

うまくお伝えできたでしょうか……?

 

やらなければならないことがどっさりあって途方に暮れることもありますが、研究は基本的に楽しいです。「何がでるかな」とスクラッチを削っていく感覚に似ているなと思います。これから、銀色の下から現れた様々な色をグループわけして、綺麗に見えるよう配置していく作業が必要になってきます。

 

がんばるぞ。

 

 

それではまた!

 


(1) 2 3 4 ... 68 »